映画・ドラマ

ドラマレビュー「アンナ」

百想芸術大賞で4部門にノミネートされたミステリー

アイデンティティの重要性に気づかせてくれ、実際の事件との関係性も分かり、俳優陣の演技も光る秀作

主人公イ・ユミは貧しい家庭で育ちながらも、学業では優秀な成績を修めていた。だが高校時代に、教師と恋愛関係にあることが問題となり、転校する。悪い流れのまま大学受験に失敗したが、両親には合格したことにしていた。

そこから嘘で固めた人生が始まる。偽りの大学生活を送りながらも嘘を重ね、やがて裕福な女性イ・ヒョンジュの身分と学歴を盗み、自らの名前も「アンナ」と改名。

偽のバックグラウンドを捏造し美術講師となり、ついにベンチャー企業のCEOチェ・ジフンと結婚し、上流階級へと潜り込む。しかし次第に過去が暴かれていくなかで、人生は転落の末路をたどることになる。

嘘で浮き彫りになるアイデンティティの重要性

主人公は誠実な両親のもとに生まれながら、大人のいろいろな嘘に触れて育っていく。冒頭、幼いユミに勉強を教え教養を授けた米国人婦人は嘘のつきかたも手ほどきし、留学もできるという太鼓判を押したことから、後にユミは留学をしたと嘘をつく。高校時代に関係を持った教師は保身のため嘘をつき、全責任を主人公に押し付けた。

本人自身が嘘をつくだけでなく周りの嘘に裏切られながら育ったユミは、自分自身を見失っていくが、アイデンティティの重要性に改めて気づかされた。

国籍、人種、学歴や育ちといったさまざまな要素によってアイデンティティは形成される。

だが嘘をついて作り上げた見せかけだけのアイデンティティは心のよりどころとは全くならない。嘘をつくということは自信のなさの表れであり、さらに虚栄を張るために嘘に嘘を重ねることにもつながる。それらは自分の存在を証明する要素ではない。

私自身の過去を振り返ってみても、幼い時に少なからず嘘をついたことがある。初めに嘘をついたときは周りの人間を喜ばせようとしたためだが、周りの喜ぶ顔を見るのが楽しくなり歯止めが利かなくなっていった。そしてどこかの時点で嘘がばれる時、その嘘が多ければ多いほど、人間関係の大きなこじれにつながるのだ。

どんなときも自分の置かれた状況を冷静に自覚し、地に足をつけて正直に生きたいものだと心から思った。

実在の事件をモデルにした現実性

本作は実際にあったシン・ジョンア事件をモデルにしているという。2007年、シン・ジョンア氏が学歴を詐称して大学の助教授となったことが判明し、その後も横領などが発覚したという。

本作と共通しているのは一見誰もが羨むキャリアを積んでいるように見えて、その背景には嘘が潜んでいるということだ。韓国ではこの事件を契機に学歴詐称に対する国民の意識が上がったそうだが、日本でもつい最近、とある地域の市長の学歴詐称問題が話題を集めた。

私個人の感覚だが、日本は賄賂、横領、学歴詐称といった犯罪に何となく「甘い」気がする。まだ学歴信仰が強い日本は形式上でも学歴を重視したり、大手メディアが世論に響くため不正を隠ぺいしたりするなどいくつか原因はあるようだ。

本作は実際にあった事件をモデルにしているとはいえ、内容自体はオリジナルのものだ。私は実在するモデルのある作品が好きだが、本作のように完全に実話ベースでないのも興味深く楽しめた。

難役を自然に演じ切る俳優陣の確かな演技力

主人公イ・ユミ(アンナ)役を演じたぺ・スジは元アイドルだそうだが、演技に安っぽさが全くない。嘘を重ねるなかで葛藤する心の機微を声や表情で見事に表現してみせた。代表作に『九家の書~千年に一度の恋~』『あなたが眠っている間に』がある。

ユミを秘書として雇い、のちにアメリカ名「アンナ」の名を盗まれる高慢ちきなイ・ヒョンジュ役を演じたチョン・ウンチェはモデル出身の美貌と相まって、人を見下し悪気なくこき使う様子を見事に演じてみせた。代表作に『プロット 殺人設計者』、『ザ・キング:永遠の君主』などがある。

大手IT会社の社長でアンナの夫であるチェ・ジフン役を演じたキム・ジュンハンはいつもクールで冷静な表情をたたえているが、物語が進むにつれてそれが崩れていく様子が物語にスリルを与えていた。代表作に『金子文子と朴烈』『賢い医師生活』シリーズなどがある。


ドラマ『アンナ』

イ・ジュヨン 監督 ペ・スジ 主演

2023年の百想芸術大賞で4部門ノミネートされ、実際の事件をモデルにした点でも話題を集めた。1話約50分、全6話。

Amazon Primeでは、さまざまなアジアドラマがお楽しみいただけます。登録はこちらから!

©Coupang Play
  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
久米佑天

東京大学文学部卒業後、大手学習教材制作会社にて英語教材の校正・翻訳に携わる。現在は株式会社Aプラス専属校正・翻訳者としてさまざまなジャンルの文書と向き合う。これまでの訳書に『心理学超全史〈上・下〉―年代でたどる心理学のすべて』と『アンヌンに思いを馳せて:ウィリアム・ジョーンズの臨死体験に基づく物語』がある。

  1. 映画レビュー「サイゴン・クチュール」

  2. 映画レビュー「走れロム」

  3. 映画レビュー「返校 言葉が消えた日」

RELATED

PAGE TOP