映画・ドラマ

ドラマレビュー「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」

韓国で社会現象ともなった大ヒットラブファンタジー

独特な世界観に魅了されたかと思えば、哲学的な思考にも浸れる奥の深い作品

高麗時代の英雄キム・シンは、王の嫉妬から殺されたが、神の布告により不滅の妖怪トッケビとして蘇る。彼は何百年もの間、胸に突き刺さった剣を抜いてくれる花嫁を探していた。

そして、時は現代。ごく普通の女子高生チ・ウンタクは、交通事故に遭った母親がトッケビに命を救われたことで無事に生まれてこれた経緯があり、彼の花嫁候補としての宿命を自覚していく。霊感もある彼女は、ミステリアスな死神とも遭遇し、奇妙な三人暮らしが始まる。果たして、彼らの運命はいかに?

韓国の妖怪と巡る愉快な世界観のラブファンタジー

 本作に出てくるトッケビは、元々は韓国の伝承に登場する妖怪。いたずら好きで人々に福をもたらすとされるが、本作では「不滅で孤高の存在」として描かれている。演じるコン・ユには笑顔の裏にも過去を引きずる哀愁が漂っており、何とも情愛深いものがあった。

「トッケビ~君がくれた愛おしい日々」本編より引用)

この台詞は、トッケビの花嫁として描かれる女子高生ウンタクのものだ。ウンタクは「トッケビの花嫁」という重い運命を背負いながらも、いつも笑顔を絶やさず前向きだ。

トッケビの置かれた立場を気にかけてかけたこの言葉にも優しさが滲み出ている。自然体の無邪気なごく普通の女子高生役を、違和感なく演じきったキム・ゴウンの演技も魅力的だった。

また死神とチキン店の店主サニーの恋も、見どころのひとつとなっている。死神は前世の記憶や名前を消され、罪を償うためだけに存在している。

そんな宿命を負った彼が人間の女性に恋をすることで、前世の記憶が呼び覚まされ、懺悔の気持ちとそれでも前を向こうとする気持ちの狭間で揺れ動く。

おとぼけな感じもするイ・ドンウクの仕草が天然な一面も持ち合わせる死神の魅力を引き立たせていた。

このように魅力的な登場人物たちが織り成す物語はそれぞれの過去が関わり合っており、表層的ではない深遠な問いも投げかけてくる。

哲学的な問い

本作は単にトッケビと人間の恋愛模様を描いた作品ではなく、哲学的な問いも投げかけてくる。まずトッケビは戦で多くの命を殺めた罪を負い、不死の命を授かることになる。つまり死にたくても死ねない存在になってしまったのだ。

不死と聞いて、一見羨ましくも感じたが、果たして永遠の命を得ることは本当に幸せといえるのだろうか。きっと誰もがいつか必ず到来する死を恐れながら、今を懸命に生きている。

であれば死という圧倒的なプレッシャーがなければ、人は生きがいを感じなくなってしまうのかもしれない。生と死は表裏一体であることを改めて考えさせられた。

次に死神は前世に犯した罪の記憶をなくしたまま、輪廻転生に身を置いている。ここでは忘却は救いなのか、そして死んでも来世があるのかといった疑問が湧いてきた。

私も忘れたい過去はあるが、そのような過去があるからこそ今の自分があるとも感じる。幸せな出来事だけが今の自分を形成していないことは、例えば追い詰められた時の精神の保ち方などでも一目瞭然だ。その意味で、悪いことを忘却することは決してプラスなことだけではないような気がした。

そして輪廻転生についてだが、自分は死んだら無になるのではないかという無機質な考えを持っていた時期もあったが、愛犬が死んでから飼っているカメが異様に人懐っこくなったことなど輪廻転生を信じてしまいそうになる出来事がいくつかあった。平和主義的な私は生まれ変わったら愛玩犬になりたいが……。

そして韓国ではキリスト教徒が多いが、仏教や儒教のみならず土着信仰が入り混じっており、その多様な宗教が融合した独特な宗教観が本作では垣間見えた。死神やトッケビだけでなく幼いウンタクを助ける産神ハルメは韓国の民間信仰に登場する存在だし、輪廻転生の世界観は仏教のものだ。

ファンタジー独特の世界観を押し売りにしたり、恋愛が最終的な正義とするのではなく、哲学的な深遠な問いを投げかけ、韓国人の宗教観も垣間見える本作は、非常に奥が深い気がした。


ドラマ『トッケビ~君がくれた愛おしい日々』

イ・ウンボク監督 コン・ユ、キム・ゴウン主演

初回放送からチャンネル歴代視聴率を更新し、放送を重ねるたびにファンが爆増し、社会現象を巻き起こした。「韓国のゴールデングローブ賞」と称される第53回百想芸術大賞では脚本家キム・ウンスクが大賞を、コン・ユが最優秀演技賞を獲得した。1話約1時間20分、全16話。

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久米佑天

東京大学文学部卒業後、大手学習教材制作会社にて英語教材の校正・翻訳に携わる。現在は株式会社Aプラス専属校正・翻訳者としてさまざまなジャンルの文書と向き合う。これまでの訳書に『心理学超全史〈上・下〉―年代でたどる心理学のすべて』と『アンヌンに思いを馳せて:ウィリアム・ジョーンズの臨死体験に基づく物語』がある。

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