映画・ドラマ

映画レビュー「クレイジー・リッチ!」

公開当時、シンガポールのほぼ全国民がみたともいわれる大ヒット映画

ケヴィン・クワン著『Crazy Rich Asians』が原作の、現代シンガポールが舞台のロマンティック・コメディ。シンガポールの観光名所が随所に映し出され、旅行気分も味わえる。主要な役はアジア人俳優のみが演じたハリウッド映画。はたして、クレイジー・リッチとは?

ヒロインのレイチェルは中国系アメリカ人で、ニューヨークの大学教授。ある日、ボーイフレンドのニックに、友人の結婚式に招待されたから、自分の故郷のシンガポールへ一緒に行かないかと誘われる。驚いたことに、シンガポール行きの飛行機の席はファーストクラス。そこで、ようやく、レイチェルはニックが裕福な家庭の出であることに気付く。

シンガポールの華麗なる一族

本作でメインとなるのは、シンガポールを拠点にする、クレイジーにリッチな富豪の一族で、その豪華絢爛な生活ぶりに度肝を抜かれる。そして、そんな超大金持ちの人々の挙動はとても極端でクレイジー。その破天荒な言動が、おもしろおかしく描かれている。
しかし、ニックがその一族の御曹司であるがために、レイチェルとニックのロマンスは思わぬ方向へ向かっていく。

新しい価値観:富と力

作品冒頭は、ニックがまだ幼い頃のエピソードで始まる。幼いニックと母親、叔母と従妹は、ロンドンの会員制ホテルにチェックインしようとするのだが、予約があったにもかかわらず、人種差別、あるいは何かしらの偏見から、宿泊を断られる。怒り狂った母親がとった行動が痛快だ。なんと、自分の夫に電話し、ホテルを丸ごと買い取る手はずを整えるのだ。意気揚々と、「自分の」ホテルへ戻ってきた母親が、富の力で差別や偏見を乗り越えていく姿に、胸がすくことだろう。

これはまさに、差別や偏見に基づいた古い社会体制や社会概念を、富という新しいツールで切り崩してしまう、象徴的なエピソードだ。そこに、新しい価値観、つまり、お金さえあれば、欲しいものは何でも手に入れられ、社会のトップとしても君臨でき、社会の構図さえも書き換えられるという考え方が、体現されている。

理想の恋人のはずが

ニックの一族は、それほどまでに超大金持ち、クレイジー・リッチで、まさに新しい価値観そのものだ。しかし、その価値観には意外なことに自己矛盾をはらんでいて、それがニックの花嫁候補選びに集約される。

恋人のレイチェルは中国系であるが、アメリカ育ちで、ニックの母親には初めて会った時から外国人扱いされてしまう。家族を優先するため、自分を犠牲にしてきた価値観を、あなたには到底理解できないでしょうと、ニックの母親に拒絶されてしまうのだ。富の力で物事を解決するという新しい価値観で世界を渡り歩く進歩的な一族だが、一方で、家族のための自己犠牲という伝統的価値観にもしばれていて、そこに矛盾をはらんでいる。また、家庭内の男女の役割分担という観点からも、保守的な風潮が読み取れる。

さらに、家柄という点では、レイチェルがお金持ちの令嬢でないことが周囲から問題視され、ニックにはふさわしくないというレッテルがはられる。また、女性達は、レイチェルに嫉妬し、あからさまな嫌がらせをしかけてくる。富が価値観の中心にある世界では、残念ながら、レイチェル自身の人柄や能力に注目するのは、ニックをはじめ、ごく少数派だ。富以外は無価値、そういった偏った思想に支配された超大金持ちを、「クレイジーで」リッチだと言い表すのは、ある意味、的を得た表現と言えよう。

そんなこんなで、レイチェルとニックは愛し合い、お互いを理想の恋人と思っていても、周りはそう思わない。

波乱含みの恋の行方は?

実はニックには、ニックの結婚相手としてふさわしいと太鼓判が押されていた、元カノのアマンダがいた。アマンダはレイチェルを嫌い、意地悪な態度をとる。心折れるレイチェルを慰めるニック。レイチェル自身も、周囲からの拒絶と妨害に負けるわけにはいかないと奮闘するのだが、二人の仲を裂こうとするニックの母親からひどい仕打ちを受けてしまう。ニックはといえば、レイチェルを愛しているものの、自分の家族も大切で、自分の気持ちと家族への忠誠、端的に言えば、レイチェルと母親の間で心が揺れる。

作中、クレイジー・リッチな人々の華やかな生活にも、ダークな面があることが描かれている。何事もお金の尺度で考えるライフスタイルが当たり前になると、日常的な優越感から、他者の心の痛みに鈍感になる危険がある。また、皮肉なことに、大金持ちであるがゆえに、幸せが遠ざかってしまうこともある。結局は、どんなにクレイジー・リッチだとしても、人それぞれに悩みや苦しみがあり、すべてお金で解決とはいかないようだ。

二人のロマンスの行方はどうなるか、ぜひその目で確かめてみて欲しい。

さまざまなバックグランドの多彩な俳優陣

本作の主要キャストを演じた俳優達について簡単に紹介しよう。

本作ヒロイン、レイチェル・チュウに扮するのは、両親が台湾出身のアメリカ人俳優、コンスタンス・ウー。本作で、2018年第76回ゴールデングローブ賞映画ミュージカル・コメディ部門の主演女優賞にノミネートされた。映画『ハスラ』(2019)では、ストリップクラブで働くデスティニー役で主演している。

レイチェルの恋人、ニック・ヤンに扮するのは、マレーシア系イングランド人のヘンリー・ゴールディング。本作に出演する前、BBCで番組レポーターを務めていた(BBCワールドのTalking Moviesなど)。ワムの名曲と同名の映画、『ラスト・クリスマス』(2019)に、主人公が恋に落ちるミステリアスな青年、トム役で出演している。

ニックの母親、エレノア・スン=ヤン役は、中国系マレーシア人のミシェル・ヨー。『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)でボンドと共に戦う新しいタイプのボンドガールを演じ、アカデミー賞4部門(外国語映画賞/撮影賞/作曲賞/美術賞)を受賞した『グリーン・デスティニー』(2000)、前出の『ラスト・クリスマス』(2019)にも出演している。

このように、アジア人俳優といっても、そのバックグラウンドは実に多様であることがわかる。

尚、本作には、『ハングオーバー』シリーズで謎のアジアの怪人を演じて世界中に強烈なインパクトを残したケン・チョンも、主人公の親友の父親役で出演している。

本作の監督、ジョン・M・チュウは、『ウィキッド ふたりの魔女』(2025)でメガホンをとり、その続編の『ウィキッド: 永遠の約束』は、2026年3月に日本公開予定。


映画『クレイジー・リッチ!』

ジョン・M・チュウ 監督 コンスタンス・ウー、ヘンリー・ゴールディング 主演

Amazon Prime Videoでは、さまざまな映画が楽しめます。登録はこちらから!

  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
目崎ゆき

法政大学文学部英文学科卒業、ロンドン大学SOAS(東洋アフリカ研究学院)文化人類学修士課程修了。ヨーロッパ(イギリス、フランス、ドイツ)、アジア(シンガポール、台湾)に在住歴あり。興味の分野は、文化の差異と類似性、ジェンダー、ダイバーシティ、アート、写真、語学学習。自身の探求テーマは人間とは何か。株式会社Aプラスにて、主にホビー雑誌の翻訳に携わった。

  1. 映画レビュー「クレイジー・リッチ!」

  2. 書籍レビュー「娘について」

  3. 書籍レビュー「台湾文学ブックカフェ1 女性作家集 蝶のしるし」

RELATED

PAGE TOP