書籍

書籍レビュー「三体」3部作

劉慈欣 著 大森望・他 訳 早川書房 刊

これほど壮大な物語がかつてあっただろうか?

数百年の時をまたぎ宇宙全体を舞台とした超SF。2015年に最も権威のあるSF賞、ヒューゴー賞をアジア人作家として初めて受賞。世界で2900万部以上を売り上げた。文庫版やコミックスもあり、ドラマにもなっている。

「三体Ⅰ」「三体Ⅱ 黒暗森林」上下、「三体Ⅲ 死神永生」上下から成る、壮大なSF大作。その前日譚となる「三体0 球状閃電 」もあり、スピンオフとして、本シリーズのファンを公言する別作者が「三体X 観想之宙」まで著している。


1967年に理論物理学者の父親を文化大革命で惨殺された天体物理学者の葉文潔(イエ・ウェンジエ)は人類に絶望し、宇宙に向かってあるメッセージを送信する。そのメッセージを受信したのが3つの太陽を持つ過酷な環境ゆえ滅亡の危機に瀕している三体文明で、地球をわが物とすべく巨大侵略艦隊を送り出した。艦隊到着には400年以上かかるため、陽子型の人工知能を先に地球へ送りこみ、地球の基礎科学の発達を阻止し地球の様子をすべて監視できるようにした。


地球側も侵略艦隊から地球を守るため、さまざまな対策を試みる。数百年の間に、人類は三体艦隊が無事に地球まで到着できそうもないと楽観的になったり、三体の高度な科学による攻撃で悲観的になったり、ついには三体の侵略を停止させる方法を発見したりと、状況は刻々と変化する。そして、物語は驚愕の結末へと向かう。

超常的な力に翻弄される恐怖

「三体Ⅰ」では、物理学者がたてつづけに自殺し、そのうちのひとりは「物理学は存在しない」という遺書を残す。ナノマテリアル研究者の汪淼(ワン・ミャオ)の目には常にカウントダウンの数字が見えるようになり、研究を中止しろと脅される。超常的な力を認めず抵抗しようとすると、今度は宇宙の点滅まで目撃させられる。科学者たちが絶望して自殺してしまうほどの何かとてつもなく大きな力が働いているようだ。汪淼はその現象に対し、こう言っている。

「三体I」本文より引用)

黒幕とは何か、なぜ科学研究を壊滅させるのか? カウントダウンが0になると何が起こるのか? 「三体Ⅰ」は謎の超常的な力に翻弄されるホラーとミステリーの要素を併せ持っている。

宇宙は冷酷な暗黒森林。愛は無意味なのか?

「三体Ⅰ」では地球と人類への絶望を描いているが、では宇宙への絶望に広がっていく。「三体Ⅱ」の主人公、羅輯(ルオ・ジー)は宇宙の真実を悟る。「宇宙は暗黒の森であり、異星文明は身を潜めていて、ほかの生命を発見したら即座に相手を消滅させる」のだと。そんな世界では愛や正義は無意味だ。三体世界では、文明全体の生存戦略にとって利益にならないため愛は抑圧されるという。だが、羅輯とある三体人は愛が育つことを願った。

「三体Ⅲ」では、愛や優しさが無益なものであることを露わにしている。主人公の程心(チェン・シン)は愛と正義を重んじ、彼女の上司であるウェイドはその対極にある非情な人物だ。人は愛を求めるからか、程心が権力を握ることになるが、その甘さ・優しさのために地球は危機を迎える。ウェイドの冷酷なやり方こそが地球を救う正しい方法だったのだ。生き残るためには愛や正義を求めてはならないのだろうか?

宇宙の危機が地球の現状に重なる

「三体Ⅲ」では、宇宙は大きな戦場で、無限に近い能力を持つ文明は物理法則を武器として攻撃しあっているため、宇宙全体が戦争の焼け跡になってしまっているらしいという記述がある。宇宙は暗黒で、他の文明を見つけたら冷酷に破壊するしか生き残る道はないようだが、多くの文明がそうすることによって、宇宙自体が破滅を迎えそうになる。

愛と正義を重んじる程心は、最後も宇宙を守るために自ら危険な道を選ぶ決意する。

「三体Ⅲ 下」本文より引用)

地球を守るにはウェイドのような冷酷さが必要と思わせて、宇宙全体を守るためにはやはり愛と正義が大切だということなのだろうか? この宇宙の危機を地球の現状に置きかえることができるように思える。甘いやり方では自国を守ることはできないかもしれないが、多くの国が自国優先で他国を攻撃していけば、地球を滅ぼす結果にしかならないのではないだろうか。

「三体Ⅱ」「三体Ⅲ」の最後を読むと、現実は暗黒で冷酷だが、愛と正義は存在してほしいという著者の願いがあるように感じた。

長編小説と聞くと、しり込みしてしまいそうだが、普遍的なテーマが盛り込まれ、キャラ設定も際立っていて、ハードなSFファンでなくても楽しめる作品に仕上がっている。時間がある時の一気読みも、少しずつ読み進めて物語の世界にじわじわと入り込んでいくのもお勧めだ。


著者紹介

劉慈欣

1963年北京生まれ。元発電所のシステムエンジニア。中学生のころから創作を開始し、1999年中国のSF雑誌『科幻世界』に掲載された短編『鯨歌』(『円 劉慈欣短篇集』ハヤカワ文庫SFに収録)でデビュー。同じ年に短編『彼女の眼を連れて』(『老神介護』(角川文庫)に収録)が中国のSF文学賞・銀河賞に輝き、2006年まで8年連続で同賞を受賞した。2010年第1回中国星雲賞(世界華人SF協会主催)で作家賞を受賞。他に邦訳が出版された作品として『流浪地球』(角川文庫)、『時間移民 劉慈欣短篇集Ⅱ』(早川書房)、『白亜紀往事』(早川書房)などがある。

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飯野眞由美

立教大学文学部卒。洋書卸売会社勤務を経て、カルチャーセンターや予備校で英語を教えはじめる。英語講師・翻訳家。「スパイダーウィック家の謎」シリーズをはじめ20冊ほど翻訳書がある。

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