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書籍レビュー「アミ族の台所~美味しいは山にある~ (GAEA COMICS)」

南南日 作(漫画)   GoodTrip Creative 原作 竹中 式子 訳  GAEA BOOKS 刊

豊かな山の香りに包まれた1944年花蓮の食卓

日本統治時代の台湾・花蓮を舞台に、台湾原住民族アミ族の暮らしと食文化、日本と台湾を結ぶ心の交流を描くコミック。2025年日本国際漫画賞銀賞受賞作。

柏餅や柿の葉寿司、スリランカのランプライス、笹の葉で包んだ中華ちまき。葉っぱで包んだ食べ物が昔から大好きだ。

葉っぱの香りを楽しめるのはもちろん、葉を開くときのワクワクする気持ち、子どもの頃に山野で遊んだ日が蘇り、そしてなにより料理が何倍も美しくおいしく見える「ごちそう感」がいい。

そんなことを思い出したのが本作『アミ族の台所~美味しいは山にある~』だ。

2025年の暮れ、『Mararum:山間料理人』という台湾コミックが第19回日本国際漫画賞で銀賞(優秀賞)をとったというニュースがX(旧Twitter)のタイムラインで流れてきた。日本統治時代の台湾、東部の都市・花蓮を舞台に、日本人家庭で家政婦をする台湾原住民族アミ族の少女が登場するストーリーだという。

台湾の食と歴史には大いに興味がある。また、楊双子の小説『四維街一号に暮らす五人』の主人公のひとり「家家」がアミ族の血を半分引くという設定だったことを思い出した。「採集文化があり、食べられる野草についてすごく詳しく、そして美男美女が多い」というのが彼らのイメージらしい。これは読んでみないと!と即決した。

どこにでも現れる不思議な少女

物語は第二次世界大戦も終盤の1944年7月に始まる。花蓮の日本人家庭・池上家で家政婦として働くアミ族の娘バネイ。日本語が上手で、地元に詳しく、賢くて気立てもいい。おまけに「食べた人に元気を与える」料理を作れる彼女は「奥様」からの信頼も絶大だ。

ある日、アミ族の祭事の料理に使う林投(アミ語:パリガド ノ パンチャ、和名:アダン、タコノキ科の植物)の葉っぱを採るために、同じ部族のグランと共に海岸の防風林に入ったバネイは、巡回中の日本人警官に遭遇し、別々に逃げる。なぜかバネイを見逃した警官は、以前にも彼女がトラブルに巻き込まれた時に仲介に入ってくれた人物だった。

グランの勾留を知った彼女は「賄賂」として、彼に食べ物を渡すようになる(受け取った警官はそうだと思ってないようだったが)。それが葉っぱで包んだアミ族の料理なのだ。

彼がどこにいても見つける不思議なアミ族少女が現れ、見たこともない食べ物をくれようとする――その設定を想像すると、ちょっと怪しいというかかなり不自然で思わず笑ってしまう。

だけど、持ち運びも便利でササッと渡せる葉っぱ包み料理は結構洒落た「賄賂」といえるだろう。実際、その風情と味わいが、じわじわと彼の心に効いてきたのだから。

アミ族版愛妻弁当にグッとくる

たとえばアミ族のもち米料理ハクハク。アパロ(パンの木)の葉に包んで蒸してあり、ヴォガ、つまりサツマイモ入りでほんのり甘い。特別な日のごちそうなのだという。

そして個人的に惹かれたのが、アミ族の「お弁当」阿里鳳鳳(アリフォンフォン)。

アダンの葉っぱで編まれた手のひらサイズの袋に豚肉入りのおこわのようなものが入っている。これをもらってグッとこない人はいないはず。調べてみると「情人粽(恋人ちまき)」という別名もあるらしい。アミ族版の愛妻弁当だ。

こうした料理を受け取り続けていた警官、実はバネイが働いている池上家の長男信介だった。彼は警察の寮に住んでおり、久しぶりに家に帰ってきたのは、バネイが働き始めて1年も経った頃。自分を見つけては食べ物を差し出してくるアミ族の少女がまさか彼女だったなんて!あの警官が坊ちゃまだったなんて!と互いに驚く。

信介は母親に、なぜ「高砂族(日本統治時代の台湾原住民族の呼称)」の子を雇ったのかと一度は詰め寄るも、彼女は池上家になくてはならない人であることを次第に理解する。そして、ぶっきらぼうだけど自分の料理を褒めてくれる彼に少しづつ心を開くバネイ。立場も民族も違う2人の関係は——。

それぞれの土地、それぞれの想い、それぞれの郷愁

食べ物を通じて日本時代の台湾や、当時の日本人と台湾の人々の関係を描いた印象的な作品といえば、楊双子著の『台湾漫遊鉄道のふたり』がある。本作は食べ物を軸に、台湾原住民族の生活や文化にもう一歩入り込んだものといえる。

料理だけでなく、アミ族が大切にするさまざまな山の植物、女系社会アミ族のシャーマン的存在であるシカワセイの文化も物語の重要な要素だ。バネイの祖母もその1人で、バネイの病気がちな妹はその資質を持つことがわかる。

山の恵みから生活のすべてをいただくアミ族の豊かな精神と暮らしを丁寧に描く一方で、故郷から離れた土地に住んだ当時の日本人にも心を寄せている。バネイは工夫して、池上家の故郷である千葉の葉っぱ包み料理「山家焼き」を作ったりするのだ。

料理を作ってくれた人、食材を育てた人、そして食材の命、そのすべてを育んだ大地に感謝する、日本の「いただきます」と、アミ族が山に入って野菜を採る前に捧げるその土地の神への祈りは、根底に共通する想いがあるように描かれていたのも印象に残った。

原書にある「Mararum」はアミ族の言葉で「郷愁」という意味らしい。日本から来た池上家、山の生活を大切にするバネイやアミ族の人々、台湾で生まれ育った日本人である信介にとって「郷愁」とはどんなものであるかを考えながら読むのもいいだろう。

だが、戦争によって物語は大きく動く。バネイが池上家のために最後の料理を作る日がやってきたのだ。そこにならぶご馳走とは——。

ドラマの脚本から生まれたコミック

本作の背景を調べてみると、原作は台湾の制作会社「GoodTrip Creative」がもともとドラマの脚本として書いたことがわかった。

『The Nature Chef』というタイトルで短編が作られ、Discovery・TaiwanPlus共催の短編映像コンテストで2位を受賞、2022年にディスカバリーチャンネルで放送されている。そこには現代のバネイたち、山の恵みを知り尽くしたアミ族の料理人の姿があった。

また、アミ族の民族衣装をまとったバネイを思わせる少女が登場する動画も制作されているので興味のある人はぜひ観てほしい。

本作を描いた漫画家・南南日は、アミ族をルーツとし、実際に花蓮のアミ族部落を訪問して取材を行ったという。

近年の台湾では、中華民国史ではなく台湾島の歴史経験を重視する歴史観のもと、文学・映像作品が生まれている。その文脈についてはここでは詳しく触れないが、日本統治時代を舞台としながらも、台湾原住民族の視点から描くこのコミックも、その流れの中にあるように感じた。

こうした背景を持つ本作だが、何よりも印象に残るのは、やはり葉っぱに包まれた料理の数々だ。それは、ただの食べ物ではない。土地の記憶、人々の暮らし、そして時代を超えて受け継がれる「生活」がある。

アダンの葉を編んだ小さな袋を開けるように、この物語もページをめくるたびに、豊かな山の香りが立ち上ってくるようだ。アミ族の食文化を知る入口として非常に興味深い作品といえる。

そしてなりより、アミ族版愛妻弁当「阿里鳳鳳」を、いつか本当に食べてみたい。できればアダンの葉を自分で編んで作ってみたいと思った。


著者紹介

漫画:南南日 (ナンナンビ)

台湾の漫画家。台湾原住民アミ族のルーツを持つ。2020年、台湾漫画基地で開催された「オリジナル漫画・脚本創作コンペティション」のページ漫画部門で佳作を受賞。2023年、商業誌デビュー作”Mararum:山間料理人”を台湾で刊行。2025年8月、日本語版『アミ族の台所~美味しいは山にある~』が刊行され、12月に第19回日本国際漫画賞で銀賞(優秀賞)を受賞。

原作:GoodTrip Creative (好旅文創)

2016年、金鐘獎受賞の映像プロデューサー・辛翠芸により設立された台湾の制作会社。オリジナルストーリーの開発に注力し、映像制作を軸に漫画、演劇など多メディアに展開。金鐘獎、金漫獎、Asian TV Awards、Asia Academy Creative Awardsなど国内外で受賞歴多数。『山間料理人』の原作脚本を手がけ、関連短編『The Nature Chef』はDiscoveryとTaiwanPlus共催の国際コンペで第2位を獲得。


写真情報:阿里鳳鳳に使われるアダンの葉。実も食べられる。Jessechu, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

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吉井 朱美

ライター、食文化研究家、味わう読書家。 幼い頃から「なんでも食べ、なんでも読む」を信条に育つ。 留学先の豪州・アデレードの学生寮で多彩なスパイスの香りと予期せぬ出会いを経験。それをきっかけに南インドへ渡り、10年以上滞在。 文章を通して、さまざまな境界を越えながら世界を味わい直す旅を続けている。

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