陸秋槎 著 大久保 洋子 訳 早川書房 刊

ハードボイルドでありながら、人間の姿を丁寧に描いた文学性の高い作品
激動の時代を生きる女性たちがそれぞれ逞しく、その誰もが主人公といえる。喪服の似合う少女のうつろな目の理由と意外な事件の真相が最後に明かされる。週刊文春ミステリーベスト10で2024年海外部門7位、本格ミステリ・ベスト10で2025年海外編5位を獲得。
舞台は1930年代の中華民国。女私立探偵劉雅弦にお嬢様学校へ通う葛令儀が友人の岑樹萱を見つけてほしいと依頼してくる。調査を進めると、それを阻止しようとする者から暴力を受けたり、死体を発見したりとハードボイルドの展開になっていく。
誘拐されて身代金を要求されたことから、岑樹萱が実は葛家の令嬢であることが判明する。岑樹萱を救うことに成功したものの、今度は岑樹萱が葛家の令嬢ではないという密告がある。その真偽を調査していくうちに意外な真相にたどりつく。
事件の裏で何人もの人が殺され、人間関係が複雑にからみあい、陰謀と裏切りが渦巻く物語。
厳しい時代を必死に生きぬく女性たちに胸を打たれる
生きていくのが大変な時代、女性は特に大変だった。主人公の劉雅弦は結婚してニューヨークへ行くが、すぐに離婚されて異国の地に置き去りにされる。(葛令儀のおじ葛天錫の愛人)汪綺園は家が落ちぶれ、正式な家族ではなかったので母親と共に追い出される。ふたりとも食べていく方法を模索して、ここまで生きてきた。昔の日本もそうだっただろうが、女が生きていくためには男に頼るか自分のできることを探して生きていくしかない。劉雅弦は探偵をしているが、人としゃべることくらいしかできないので、生活に迫られてこの商売を始めたと言っている。特別な能力があるわけではない平凡な女性たちが、精一杯生きている姿が描かれている。
連れ込み宿の経営者馮姨は、不幸な女性に生きる手立てを与えてやっているのだと言う。身体を売る仕事ではあっても、このような社会ではやむを得ないのだろう。劉雅弦も次のように考えている。
むりもない、男はいつもあてにならず、この社会だって自分に拠って立つ機会を女にあたえないのだから、苦しい定めしか残されていないのは当然だ。
(「喪服の似合う少女」本文より引用)
男にだまされ裏切られる女たちを見てきており、馮姨と縁を切っていないのも、いざというときに生きる手段を残しておきたいからのようだ。女性の生きづらさに切なくなる。
ユーモアのある表現とこの時代を表す描写
物語は主人公の視点から淡々と語られるのだが、この時代の状況がよく描かれている。学校では体罰はしないと言いながら、教師が生徒の髪を引っ張って化粧した顔を洗面器に押しつける。劉雅弦が投獄されたとき、共産党狩りによってつかまって拷問を受けた女性と一緒になる。両脚は折れ、顔は腫れあがり、全身血まみれで、夜明け前に息を引きとってしまう。その後、家へ戻ったとき、札入れから紙幣が数枚なくなっているのに気づくが、警察署に連行されて五体満足で戻れたのだからとあきらめる。この時代の横暴さ無法ぶりがよく表れている。
また、酒場や麻雀館のさびれた薄汚い様子や旧市街の生活感あふれる描写も細かい。西洋の影響を受けていた時代だったため、駅舎はゲルマン式だし、葛邸や葛令儀の部屋は中西折衷である。この時代の雰囲気をよく伝えている。
さらに、ユーモアあふれる表現が随所に見られ、緊迫した物語の中で心をゆるめる働きをしている。たとえば、劉雅弦が留置所から出て迎えの車で葛邸へ行くことになったが、その運転手に身なりを整えたいというと彼は自分を次のように見たとある。
いささかの欲望も混じっておらず、まるで衝突した自動車に修理できる見こみがあるかどうか判断するようだった。
(「喪服の似合う少女」本文より引用)
劉雅弦が暴漢に襲われたときには、こう思っている。
どうやら、わたしは他人のあとをつける技術はまだ入門程度なのに、他人にあとをつけられるのは一流らしい。
(「喪服の似合う少女」本文より引用)
話を聞くために訪れた家の女に薬を買ってきてやると、その薬(アスピリン)がその家への入場券であるかのようにすんなり入れてくれたと、という表現もおもしろかった。
百合ミステリ
百合作家としても知られている著者なので、今回も葛令儀が劉雅弦に口づけする場面があった。かっこいいお姉さまの劉雅弦に憧れてしまったのだろう。葛令儀の通う女学校にはその手の少女たちがいると想像できた。だが、この作品ではこの場面だけなので、この手のものが苦手な読者でも安心して読める。百合が強い作品に興味があるなら、『元年春之祭』(前漢時代を舞台にしたミステリ)、『雪が白いとき、かつそのときに限り』(現代中国の高校を舞台にした学園ミステリ)などを試してみるとよい。
著者紹介
陸 秋槎
1988年北京生まれ。金沢在住。2014年に短編『前奏曲』が第2回華文推理大奨賽最優秀新人賞を受賞。2016年に『元年春之祭』(新星出版社)でデビューする。邦訳書に『雪が白いとき、かつそのときに限り』(ハヤカワ・ミステリ)、『文学少女対数学少女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、日本では初の単著書き下ろし作品『盟約の少女騎士』(星海社)、短編集『ガーンズバック変換』(早川書房)があるほか、日本刊行の小説アンソロジー『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』(ハヤカワ文庫JA)、『異常論文』(ハヤカワ文庫JA)などにも参加している。