ファッショニスタ注目のベトナム発ファンタジー
ベトナムの若者の間でブームとなった本作は、伝統と革新の対峙を中心的な構図として現代人にも訴えかけるメッセージがあり、親子のあり方についても思いを馳せることができる。また個性豊かな俳優・監督陣も見どころのひとつ!
舞台は1969年のサイゴン。主人公ニュイは9代続く伝統的なアオザイ仕立て屋の娘で、ミス・サイゴンに選ばれるほどの美貌と抜群の美意識を持っており、当時流行していた西洋風のモダンファッションに傾倒。
彼女はアオザイを時代遅れだと嫌い、母親と激しく対立する中、ある日何故か21世紀へと突如タイムスリップ。そこで彼女が目にしたのは、48年後の落ちぶれた自分自身の姿と、倒産寸前の家業の店だった。
母の死後、伝統軽視により店は衰退し、家族の誇りも失われてしまっていた。ニュイは心機一転、現代のトップデザイナーのもとで働き始める。日々最新のトレンドのファッションと接しながら、彼女はアオザイの美しさと文化的価値を再認識するようになる。
伝統と革新
本作ではアオザイという伝統とモダンファッションという革新が対峙する構図が描かれる。今を生きる現代人も果たしてどれほど過去の伝統を引き継ぎ、教訓にしアップデートできているだろうか。
本作で登場するアオザイを例にとってみよう。アオザイは象徴的なベトナム文化の代表として国際的に認められており、オックスフォード辞典にも掲載されるほどの文化的価値を持つ。
だが近年その日常生活における着用頻度は減ってきているようだ。学校や職場での着用は限定的で、着用されるのは主に結婚式や祭礼、観光イベントなど儀礼的・観光的な場面。生活文化の一部というよりは、特別な機会の晴れ着のような位置づけになってきている。
日本同様、ベトナムでも特に都市部ではSNSなどの影響も相まって若者のファッションの国際化・西洋化が進んでいるようだ。本作ではアオザイの新しいデザインが続々と登場し、ベトナムの若者にブームを巻き起こしたそうだ。
そこで現在、伝統的なアオザイ作りの職人が減少する中で、単に復興させようという議論ではなく、アオザイという伝統衣装の価値をいかに見直すべきか視聴者に問う意味でも本作の果たす役割は大きいと言える。
親子間の不和と親孝行
本作では伝統的なアオザイを大事にする母と、それを時代遅れに感じ流行のファッションに魅力を感じる娘が対立している。そして母が亡くなった後、母の考えに共鳴しその存在の偉大さに気づかされる。
誰もが反抗期を経験する。私も父の考えを何から何まで否定していた時期があった。今思えば、自分よりも一回りも長く生きている人間の言うことには必ず一理あり、尊敬に値するものなのだが。
そして本作のように両親の偉大さに気づくのは、亡くなった後ということが多いように思う。私も親孝行し、これから老いていく母に楽をさせたいと常日頃思っている。
親が生きている間に親孝行できることの価値は何にも代えがたいものがある。
自然体の俳優の演技と経験豊富な監督陣
ニュイ役を演じたニン・ズーン・ラン・ゴックは若いからこそ伝統の価値を上手く理解できなかったが、未来の挫折を経て次第に母の偉大さと伝統の価値に気づいて成長していくさまを自然体で演じきっている。
歌手としてもデビューを果たし、ベトナムの30代前後のアイコンとして絶大な人気を集める彼女は、他の代表作として『フェアリー・オブ・キングダム』や『Cua Lại Vợ Bầu』などヒット作に多数出演している。
また伝統を重視する母役のホン・ヴァンは、厳しいだけでなく娘への愛情を目に湛えた演技がいい味を出している。日本人監督・落合賢のベトナム映画『パパとムスメの7日間』では、主人公親子の隣人の役がぴったりはまっていた。
そしてトップデザイナーのヘレン役のジェム・ミーは仕事に厳しいだけでなく、ニュイを見守る温かさや時折見せるユーモアがいいアクセントになっている。
監督・脚本を務めたグエン・ケイはアクション映画『ハイ・フォン』で歴代興行収入を更新するほどの大ヒットを生んだ経験を持ち、共同監督・プロデューサーのチャン・ビュー・ロックもベトナム映画界で10年以上にわたり活躍しており、代表作として『フェアリー・オブ・キングダム』などが挙げられる。
グエン・ケイ、 チャン・ビュー・ロック監督 ニン・ズーン・ラン・ゴック主演
公開当時、ファッションに興味を持つ若者の間で大きな話題を集め、国内興行で成功を収める。アオザイが流行するなど、映画の枠を超えてファッション業界にも影響を与えた。また釜山国際映画祭など世界各地の映画祭で上映され、喝采を浴びた。
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