映画・ドラマ

ドラマレビュー「ベロニーにまつわるウワサ話」

謎の美少女の死体とエモいタミルおやじたちの挽歌

南インド最果ての地で起きた美少女の死を追うタミルノワール。踊りなし、過剰な暴力なし、お茶はいっぱい。S・J・スーリヤー主演、プシュカル&ガーヤトリ製作ドラマを徹底レビュー。

インドの映画やドラマは好きだけど、必要以上に残虐で過激な暴力シーンが苦手、突然踊りだすのも得意ではない。でも、ちょっと毛色の違う犯罪作品を探している…..って私のことか(あ、踊りは好きです)。そんな人に観てもらいたいのがタミルドラマ『ベロニーにまつわるウワサ話』だ。

とにかくエモい。南インド、チェンナイあたりの空港に降り立った瞬間に感じる、あのもわっじとっとした空気の肌感を思い出すくらいに。

土埃の舞うティースタンドにたむろするおやじに紛れながら、グラスに注がれた濃厚「ティー」をちびりちびり飲んでいるようなテンポ感もよい。

南インドの泥臭い色を残しながら、舞台設定、物語の展開、登場するモチーフ、お茶一杯にもこだわりを感じる精密さ、そのギャップも魅力である。

プシュカル&ガーヤトリとAmazon Prime Videoのコラボ第二弾

インド最南端、カンニヤークマリ郊外の草むらで、殺人シーンを撮影する映画クルーが、女性の死体を発見する。主演女優の死体だと騒ぎになったが、地元の少女ベロニーだと判明。S・J・スーリヤー演じるビベック警部補が捜査にあたるが難航し、美人で男たちの注目を浴びていた彼女の私生活はメディアに煽り立てるように書き立てられ、彼女の尊厳は傷つけられていく。一方、ビベックは事件とベロニーに次第に執着する。

「皆言うことが違う。誰がかウソをついている。真犯人は誰なんだ?!」 

独特の作風とストーリー展開で知られるプシュカル&ガーヤトリ夫妻製作のドラマシリーズ。シーズン2も近日公開予定。

恋人の残飯を食べるのがタミル流愛の証?!

オープニングは幻想的な風景と男性のささやきからはじまる。風力発電のプロペラが無数に舞う大地、差し込む陽光、山のシルエット、草原、長髪の女性の柔らかなしぐさ、一見のどかに見える映像なのだが、オープニングから数秒で、いきなり大きくつまづいてしまった。まだ殺人事件に辿り着いてないんですが…..。

『ベロニーにまつわるウワサ話』本編より引用)

「残飯を食べる」という言葉が、どうも文脈に合ってない、気がする。
恋人が残したご飯を食べるのが、愛の証として認知されているということ?

サンガム文学あたりかもと思って詩集『エットゥトハイ 古代タミルの恋と戦いの詩』を確認してみるけど違う。が、タミル語字幕で検索してみると、『ヴィヴェーカ・チンターマニ(知恵の宝石)』というタミルの古い教訓詩集(作者不詳)に全文一致した。

遊女の偽りの愛に対する警告を歌う詩らしい。

この詩については公式情報などでは言及されていないが、古代説話集『屍鬼二十五話』をベースにボリウッド映画『ヴィクラムとヴェーダー』を作りあげたプシュカル&ガーヤトリ夫妻が手がける本作ならあり得る。事件を追う警部補「ビベック」の名前が「ヴィヴェーカ」に重なるのも意図的だろう(語源は同じ)。

残飯について補足すると、食べ物ではなく、ビンロウジの噛みタバコ(タンバラム)を口移しで受け取る親密な行為を指すようだ。

この詩は繰り返し登場するので、物語の大枠とも言える。古典詩にも詠われるある種普遍のテーマを解体し、事件を通して問い直す構造になっているのは興味深い。

ラジニカーントの娘役の死体ではなかった、なら誰?

インド最大の風力発電所があるタミル・ナードゥ州カニャークマリ県ムパンダルは、ハイウェイをはさんで丘陵地帯に無数の風車が立ち並ぶ絶景だ。

そこで映画の殺人のシーンを撮影しようと映画監督らが向かうと、黄色いワンピース姿の女性の死体がすでに「用意」されていた。妙にリアルだと感心していたら、本物だと判明しびっくり。主演女優のマムタに電話がつながらなかった理由はこれだったのかと、一同思い込んでしまう。

タミルのスーパースター、ラジニカーントの娘役を演じたこともあるらしいマムタ。人気女優が殺されたと報道され、大騒ぎに。クルーは警察署で事情を聞かれるが、そのタイミングで、なんと本人からすごい剣幕で電話がかかってくる。単に撮影をすっぽかしていただけで、自分が死んだことにされて一番驚いたのは彼女自身だったに違いない。

では、あの死体は一体誰?

警察は急いでスケッチアーティストに似顔絵を書かせ、報奨金付きで新聞で公開すると、被害者は地元の少女ベロニーだと判明した。

インド・サラセン様式の屋敷に住むアングロインディアンの美少女

カンニヤークマリは、インド国内でもキリスト教徒の割合が多いことで知られる地域だという。事件を担当するS・J・スーリヤー演じるビベック警部補や、相棒となるラーマル警部補はヒンドゥー教徒だが、どうりで他の登場人物の多くがキリスト教徒だというわけだ。

ベロニーの一家は、その中でもアングロインディアン(植民地時代に欧州から入植した男性と現地女性の混血児)のコミュニティに属している。

色白で美しく、無邪気な彼女は明らかに目立ち、母親ルビーが経営するエンジェルロッジの滞在客や周りの男達を魅了していた。そんな彼女を心配し、母親は必要以上に厳しく躾ける。父親を早くに亡くしているベロニーの心の慰めは、亡き父が愛していた薪オーブンでパンを焼くことだった。

くるくる変わる表情がキュートなサンジャナ演じる娘ベロニーと、楽器のような声で泣くライラー演じる母ルビー。二人の存在感があまりにも対照的なのが心に残った。

ふらりとロッジにやってきた大御所ナーサルが演じる作家のキ・セバスチャンに、父の面影を求めたのか、ベロニーは彼になつき、電話でやりとりを続けるように。事件後、作家は彼女の生涯を小説に書く(タミル語のタイプライターで!)。

舞台となるロッジは、西洋風の作り、アンティーク家具などの調度品、本格的な薪オーブンのあるベーキングルームなど非常に趣がある。

調べてみると、撮影に使われたのはインド・サラセン様式で建てられた植民地時代の本物のヘリテージロッジだった(ただし場所はチェンナイ)。アングロインディアンの家族ならばそういう建物を所有していてもおかしくない。本作は、登場人物や舞台の設定にもかなり細かく気が配られている。

赤いルンギでポーズをきめるビベック兄貴

被害者取り違えの失態を挽回するべく、裁判所はカンニャクマリ警察から、より大きいナーガルコーイル警察に移管を命じ、ビベックが担当に任命された。カンニャクマリ警察での事件を担当していたラーマルや、犯罪心理学を勉強した「フリーター」アレックスと一緒に捜査を開始する。

警察官舎に妻アナンディ、赤ん坊のアプチーと住むビベックは、情に厚く、周りからの信頼も厚い兄貴肌。登場シーンでは、赤いルンギ(腰巻)姿で決め、マルチスズキの警察車両に片手をついて、意味ありげにこう言う。

「警官は過去の事件を常に記憶しているものさ」

彼には若い頃の苦い思い出があった。噂を信じて別れた恋人ダイアナが後に無理心中で亡くなり、ビベックが捜査を担当した。彼は、ベロニーにダイアナの姿を重ねるようになる。

一方、この事件をネタにしたいと躍起になっている新聞社は、記者をロッジに送り込んで、あることないことを書き立て、他のメディアも同調。噂は増殖し続ける。美少女の死を悲しんでいた世間は、やがて彼女を中傷し始め、家族やクラスメイトは事実無根の噂に深く傷つく。

ツッコミどころ満載の捜査

この事件は、当初スターの殺人事件だと思われていたこともあり、担当署は手に負えないと逃げ腰になってる状況だった。

捜査方法もかなり強引で、尋問では、ビベックが咳払いするとラーマルがいきなりひっぱたいて、それを何度も繰り返すといった具合だ。でも不思議なことに、ビベックの勘はだいたい当たっているのだけど。

その上、手がかりもあまりなく、冤罪や隠蔽も連発。袋小路に迷い込んだように、なかなか真相に辿り着かない。ビベックは逆に妻がヤキモチを焼くほどこの事件とベロニーに執着していく。

大丈夫か?ビベック兄貴!と心配になるが、彼には捨てようとしたチラシに書かれた矛盾も見逃さない超絶センサーという秘密兵器がある。一口飲んだだけでお茶の産地だってわかるくらいの。

そう、このドラマではお茶がえらく重要な役割を果たす。

チャイ対スライマーニティー、熱涼コンビのお茶事情

お茶(現地ではティーと呼ばれる)は最初から最後まで出ずっぱりで、小道具以上の重要な「キャラクター」だ。

それにしても、皆お茶を飲みすぎ。まあ、そうやって一息つくのが現地スタイルではあるけれど。ラーマルに至っては、お茶が飲めないような場所には捜査であっても行きたくないと駄々をこねる始末だ。

ところで、ビベックはなにかと熱い人情家。一方、ラーマルはどこか飄々としたキャラクター。ちょっと温度差がある熱涼コンビのバランスが、暑苦しくなりすぎなくていい。二人のお茶の飲み方もまた対照的だ。

ラーマルはいわゆるチャイ(こちらが一般的)、一方ビベックは透明なお茶を飲んでいることが多い。チャイ用の紅茶はかなり濃くてストレートでは飲みにくいはずなので、スパイス、生姜、レモンなどを入れたスライマーニティーあたりか。お隣のケーララではよく飲まれる。

もう一点、コーヒー圏のはずのタミル・ナードゥなのに、コーヒーが登場するのはビベックの自宅で1回のみ。これはお茶の産地にも近いカンニャークマリの地域性なのかもしれない。

こうしたお茶をめぐる細部まで作り込まれていて、ドラマの世界観に知らないうちに引き込まれていくのだ。

物語は、残飯の詩が警告するような罠に落ち、お茶を飲みながら誰かの不幸を消費する人々を映し出しながら、カンニャークマリの鬱蒼としたジャングルに迷い込み、思いもよらないところにたどり着く。そこに何があるのかは……ティーでもすすりながら、じっくり確かめてほしい。

Amazon Prime Videoでの視聴はこちら


ドラマ『ベロニーにまつわるウワサ話』

アンドリュー・ルイス 監督 

プシュカル&ガーヤトリ 製作

S・J・スーリヤー、 サンジャナ・クリシュナムールティ 主演

プシュカル&ガーヤトリ夫妻とAmazon Prime Videoのコラボ第二弾として注目を集め、2022年12月に公開。シーズン2も近日公開予定。1話40〜50分、全8話

制作陣:
製作は映画『ヴィクラム・ヴェーダ』など独特の作風で知られるプシュカル&ガーヤトリ夫妻。Amazon Prime Videoとのコラボ第1弾『運命の螺旋』では夫妻が脚本・監督を担当したが、本作では製作に回っている。

脚本・監督はアンドリュー・ルイス。映画監督でもあるビベック警部補役S・J・スーリヤーのもとで助監督として経験を積んだ。代表作にタミル映画“Kolaigaran” (2019) など。本作シーズン2でもひき続き脚本・監督を務める。

キャスト:
ビベック警部補 / S・J・スーリヤー。映画監督、映画プロデューサー、脚本家、作詞家、プレイバックシンガー、俳優とマルチな才能を持つ。主演作品、タミル映画『ジガルタンダ・ダブルX』(2024)、マークアントニー(2025)は日本でも公開。

ベロニー/サンジャナ・クリシュナムールティ。本作が女優としてのメジャーデビュー。マニラトラム監督作“Thug Life” (2025)では出演と助監督を兼任するなど多方面での活躍が期待される。

キ・セバスチャン/ナーサル。テルグ映画『バーフバリ』シリーズなどでも知られる南インド映画界の大ベテラン。

V.ラーマル警部補/ヴィヴェック・プラサンナー。タミル語版『ヴィクラム・ヴェーダ』にも出演。

続編情報:
Amazon Prime Videoにてシーズン2として “Vadhandhi – The Mystery of Mani” が近日公開予定。制作陣とヴィヴェック・プラサンナーは続投。主役は、S・J・スーリヤーに代わり、日本公開作『ツーリストファミリー』の父親役で知られるシャシクマールが務める。

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吉井 朱美

ライター、食文化研究家、味わう読書家。 幼い頃から「なんでも食べ、なんでも読む」を信条に育つ。 留学先の豪州・アデレードの学生寮で多彩なスパイスの香りと予期せぬ出会いを経験。それをきっかけに南インドへ渡り、10年以上滞在。 文章を通して、さまざまな境界を越えながら世界を味わい直す旅を続けている。

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