パドマ・ヴェンカトラマン 著 田中奈津子 訳 講談社 刊
力強く生きぬくインドのホームレスの子どもたち
悲痛なインドの子どもたちの現状を淡々と冷静に描いた物語。過去の境遇も考え方もちがう子どもたちが家族のように助けあって生きていく。障碍者や女性に対する差別の問題にも気づかせてくれる作品。
父親の暴力に耐えかねて、障碍のある姉ラクを連れて家を出るヴィジ。母に一緒に逃げようと言っても、出ていくことはできないと母は答える。
「どうやって生きていくっていうの?」
「父さんなしでは、どうにもならないわ。教育を受けていない、手に職もない女なんて、だれも雇ってくれやしない」母さんはあきらめきった声でいった。
(『橋の上の子どもたち』本文より引用)
街には、子どもをつかまえて売る悪い大人もいる中で、親切にしてくれる大人に助けられもした。やがて、廃墟になった橋の上でアルルとムトゥという少年たちに出会う。そして、ゴミ捨て場でびんや缶を拾ってクズ屋に売ることで生きていくことを学ぶ。何もできないと思いこんでいたラクが、いろいろなことができることを発見する。いつも縮こまっていたラクが、自信をつけて明るく笑うようになった。それでも、ヴィジがゴミ拾いの仕事をどう感じていたかを次の言葉が伝えている。
何時間たっただろう。 あたしの足には黄色や茶色のべとべとが張り付き、背中は汗だくになった。スカートに広がったしみのように、心に絶望感がひろがった。絶対に洗い流せない心のしみだ。
(『橋の上の子どもたち』本文より引用)
血のつながらない子どもたちが家族になる
アルルは津波で家族をすべて失い、クリスチャンとして神に救いを求めていた。ムトゥは大人に売られ監獄のようなところで奴隷のようにこき使われ、その後、養護施設でも暴力をふるわれていたため、大人を全く信じず、将来のことを考えることもなかった。将来、学校の先生になりたいと願っていたヴィジは一生ゴミ拾いでいるしかないのかと思うと悲しかった。でも、ある日ムトゥがヴィジをアッカ(お姉ちゃん)と呼んでくれた。
お話を終えると、ラクはまたきっぱりといった。「もういっかい!」
もうだめ、といいかけたとき、うすい壁を通してムトゥの声が聞こえた。「アッカ、お願い。もう一回」
(『橋の上の子どもたち』本文より引用)
アルルとムトゥは家族になった。でも、つらいこともたくさん起こる。身の危険を感じて橋の上の家から逃げざるをえなくなったり、せっかく集めた廃品を不良につきとばされて奪われたり、雨季でびしょぬれになったり、ラクとムトゥが病気になったりする。ヴィジはラクを連れて家を出たのはまちがいだったのではないかと悔やみ始める。
あともどりすることはない。人生は前にすすんでいくものだから
それでも、施しは受けたくない、自分の力でなんとか生きていこうとする子どもたちの誇り高さに感動さえ覚える。また、何もできないと思われていたラクが、最もやさしく思いやりのある人間で、ラクの才能でお金をかせげたことも特筆すべきことだろう。
ヴィジは父親を許す気持ちも生まれ、みんなそれぞれの道を見つけて前に進んでいこうとするところで物語は終わる。
大人に助けを求めても、ムトゥのようにだまされて、奴隷のように働かされる可能性もある。インドでは驚くほどの数の子どもたちがホームレスで生きている。著者はたくさんの大人や子どもから話を聞き、実在の人物をモデルにして作品を仕上げている。作り物ではない、事実に基づく物語は胸を打つ。すべての子どもがのびのびと自分の能力を発揮して、将来の夢を持てる世界になってほしいとの願いがこもった作品だ。
本作は、2020年ゴールデンカイト賞(Young Reader and Middle Grade fiction部門)、WNDB(書籍の多様性を求める会) による2020 The Walter Award(青少年部門)を受賞している。
著者紹介
パドマ・ヴェンカトラマン(Padma Venkatraman)
インド、チャンナイ生まれ。父方の祖父が法学者、母が弁護士という家に生まれる。19歳で渡米し、ウィリアム・アンド・メアリー大学にて海洋学の学位を取得。若い時からCWC(The Concerned for Working Children)というNPO組織にかかわり、恵まれない子どもたちのために活動している。デビュー作「図書室からはじまる愛」にて2009年ボストン作家協会賞受賞、全米図書館協会「ヤングアダルトのためのベストブックス」にも選ばれた。アメリカ在住。