書籍

書籍レビュー「味の台湾」

焦桐 著 川浩二 訳 みすず書房 刊

詩人のまなざしで巡る台湾食のバイブル

「何が台湾の味なのか」という問いの答えを求めて、台湾各地を巡ること十数年。土地と飲食と人生を語る、「これぞ台湾の味」厳選60品。

台湾を代表する現代詩人の一人である焦桐は、20年前、現代詩と料理のレシピを融合させた詩集『完全強壮レシピ』を発表したことで、台湾の食に関わる質問をたびたび受けるようになる。その問いに答えるため、各地でフィールドワークを始め、飲食に関わる散文160篇を1冊にまとめたのが「味道福爾摩莎」。そこから60篇を厳選したのが日本語版である本書「味の台湾」だ。(バーワン)

本書の日本語版序で、美食家だと「誤解」されたと謙遜している焦だが、子供の頃から並はずれた食いしん坊で、食に対する探究心が強く、まぎれもない美食家で、すぐれた料理人でもあることは読み始めてすぐにわかった。

食を見れば土地とその歴史がわかる

原書『味道福爾摩莎』は、400ページにもなる大作で、食パン半斤分くらいはありそうな分厚い1冊だ。

担仔麺、虱目魚、米粉湯、鹹粥、紅蟳米糕、蚵仔煎、小籠包、芒果牛奶…本書に収められた作品はすべて台湾の食べ物や飲み物がタイトルになっている。それぞれの料理の成り立ちや、地域による違い、名店の紹介、調理法やらこだわりなどなどを、鋭く細やかかつのびのびした視点で、ユーモアや風刺も交えながら書いている。この本を片手にディープな食べ歩きができる第一級の台湾食ガイドであること間違いなしだ。

台湾の食のさまざまな一面も知ることができる。

たとえば、台湾で人気の麺、川味紅焼牛肉麪(ホンシャオニウロウミエン)台湾牛肉麪(タイワンニウロウミエン))。呉明益作の小説「自転車泥棒」にも、高雄・岡山の牛肉麺屋の話が出てくる。だが台湾人は、かつては牛肉を食べず、その習慣は、中国大陸から渡ってきた軍人たちが持ち込んだらしい。

そういえば、楊双子作の小説「台湾漫遊鉄道のふたり」では 「本島人は牛肉は食べないのです。私も食べません」というくだりがあり、意外に感じたのを思い出した。本島とは台湾島のことだ。

さらに、なぜ台北に小籠包の名店が集まっているのかという話や、長らく台湾を統治していた日本の料理が、現在の台湾の味の一端として残っている話も興味深かった。

食べる言葉、生きる言葉、詩人の言葉

だが、私の心をグッとつかんで離さなかったのは、それぞれの話に登場する、著者を含む人々のやりとりや体験、感情、そこから紡ぎだされた言葉だった。それは私たち誰しもが経験し、想像でき、共感できるもので、そういう意味では、本書は、決して上から目線に延々と飲食の蘊蓄を語ったり、食道楽を誇示する類の本ではない。ここにあるのは、甘かったり、辛かったり、酸っぱかったり、苦かったり、しょっぱかったりする人生の味わいすべてを血肉とする詩人のまなざしなのだ。

彼の言葉はゴム毬のように自由な方向に突然ぴょーんと跳ね、読んでいる私たちの視点をふっと変える。その絶妙な強弱、間合い、リズム感も含めて味わえるのが本書の一番の魅力である。

台湾式中秋月餅の代表「緑豆椪」

私が最も心惹かれたのは、緑豆あんの白月餅「緑豆椪(リュードウポン)」の話だ。台湾式中秋月餅の一つで、昔は月餅=緑豆椪だったというから、月餅好きとしては素通りできない。中秋節は旧暦8月15日にあたり、日本では中秋の名月、として知られる。中華圏では月見団子でなく、月餅でお祝いし、それを贈り合う習慣がある。

中秋月餅にはさまざまな種類があるが、緑豆椪のことは本書で初めて知った。
しかも焦は、こう断言する。

皮をむいた緑豆のうっすらとした品の良い黄色は確かに月の光を思わせる。

伝統的には緑豆餡の中にエシャロットを揚げた油葱酥を入れるというから面白い。その意外なハーモニーを、焦は音楽に例える。

                                   (「味の台湾」本文より引用)

こうまで聞いたら、食べずにはいられないではないか。

ところで、ここに出てくる「激情」という言葉は、本書ではたびたび登場して強い印象を残す。たとえば、肉円(バーワン)(豚肉とタケノコ餡の葛まんじゅう)を揚げる「油の温度は激情のごとしだ」といった具合だ。考えてみれば、人生とは激情の繰り返しではないだろうか。

人生の味ってどんな味?

人生の味にたとえられる食べ物や飲み物は各地に存在するが、牛舌餅(ニウショービン)もその一つなのかもしれない。

牛舌餅とは、その名の通り牛の舌をかたどったクラッカーで、宜蘭のごく薄いタイプと、厚めの鹿港のタイプに分かれるという。

宜蘭の薄く砕けやすい牛舌餅を焦はこう形容する。

                                   (「味の台湾」本文より引用)

さらに、その甘みを人生に例える。

                                   (「味の台湾」本文より引用)

挫折と喪失がつきものの人生だけど、ほんのり甘くあってほしい。今日も前を向いてしっかり食べて、しっかり生きよう、そんなメッセージが伝わってくるような気がした。

焦桐と飲食文学

本書を書くきっかけとなった、詩とレシピを融合させた詩集「完全強壮レシピ」(1999年刊行)の執筆時、彼は厨房で日々六時間以上、実験、調理、記録に費やす生活を3か月以上続けたという。

そういえば、「白斬鶏(バイジャンジー)」の中に、「厨房で体現すべきは、常に一つたりともおろそかにしないという創作態度だ」という一文があったが、これは、彼の詩人としての真摯な創作態度でもあることが伺える。

1999年に『完全強壮レシピ』を発表した焦は、公私共のパートナーである妻・謝秀麗と出版社「二魚文化社」を立ち上げ、台湾の飲食文学を牽引する存在となる。だが妻は2013年に病死。大きな喪失感を抱えながらも、ひたむきに食べ、創作活動と向き合う姿が本書で垣間見れる。そして2020年、2人の愛娘との日々を書いた「為小情人做早餐(小さな恋人のためにつくる朝食)」を発表。この作品はぜひ、日本語版を読みたいと願う。

本書を読み終わって向かったのは、最近オープンした中華菓子店だった。ちょうど中秋節が近いので、今年は焦にならって緑豆椪を味わってみたくなったのだ。牛舌餅も売っていたので、そちらも買ってみた(本場台湾のものとは異なるかもしれない)。緑豆椪には肉田麩が入っており、緑豆あんのおとなしい甘みに、絶妙な変化球が楽しい。牛舌餅の、少しクセのある香りと甘みは、ホロホロと崩れていく食感と相まって、胸のあたりにじわりと響いた。

今夜は月がきれいだといいな。

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著者紹介

焦桐(ジアオ・トン)

台湾を代表する現代詩人の一人。1956年台湾・高雄市生まれ。1999年に、詩集「完全壯陽食譜」(時報出版。邦訳書「完全強壮レシピ」は思潮社刊、2007年)を発表し、湾の食文化に関する研究と執筆を進める。二魚文化出版社を立ち上げ、編集・出版にも携わる。国立中央大学中国文学科教授。著書に「味道福爾摩莎」(2015年。邦訳書「味の台湾」はみすず書房刊、2021年)、「為小情人做早餐」(2020年)など。

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よしい あけみ

ライター、食文化研究家。日本で情報誌の編集を経て、豪州に留学。寮で大勢のインド人学生と暮らしたのがきっかけでインドに開眼。その後南インドで10年以上暮らす。物心ついたときから、なんでも食べて、なんでも読むことが信条。

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