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映画レビュー「こんにちは、私のお母さん」

私が生まれる前、母にも青春時代があった……

中国の人気コメディエンヌ、ジア・リンが脚本、監督、主演を務めた、タイムスリップコメディ。母を思う娘の気持ちがたっぷり詰まった、ハートフルな作品だ。

「母さんを一度でも喜ばせたい」。女子高生のジア・シャオリンは、母を喜ばせたいあまり、一流大学の合格証を偽造するが、よりによって自分のために開かれた合格祝いのパーティーで嘘がばれてしまう。帰り道、母と二人乗りをしていた自転車がトラックにはねられる。病院で生死の境をさまよう母に寄り添ううち、シャオリンは不思議な光に導かれ、1981年の世界にタイムスリップしてしまう。そこには、若かりし頃の母がいた……。

母を思う娘が生みだした、ハートフルSFコメディ

主人公シャオリンのモデルは、ジア・リンの若き日の母だという。本作はタイムスリップというSF要素はあるものの、娘がコメディアンとして成功するのを見届けることなくこの世を去った母への思いがそこここに感じられる人間ドラマだ。

シャオリンが母を喜ばせようと奮闘する姿がとにかくけなげでかわいい。おちゃめで豪快、何事にも一生懸命な彼女はなかなかの愛されキャラで、周囲の人たちともすぐに打ち解けていく。

コメディ映画だけに、笑えるシーンは多いが、わざとらしくウケを狙うのではなく、シチュエーションや間合いで見せる笑い。こうしてみると、中国人の笑いのツボは日本人と意外に似ているように思う。脇役のキャラ設定も絶妙だし(個人的には、ソ連とのハーフ、マオ・チンのキャラがお気に入り)、母、ホワンインのバレーボールのチームのメンバーを説得するエピソードも面白い。

もともとは母のライバル、ワン・チンの味方として現れたチンピラ風の若者三人組をうまく仲間に引き入れるシーンで、チャン・ハオナン(陳洪南)、ホンシン社(洪興社)、グーフオザイ(古惑仔)という固有名詞が出てくるが、これは1990年代に中国本土でも人気を博した香港映画シリーズ『黒社会』の話。つまり80年代ではまだ知られていないのをいいことに、シャオリンは架空のチャイニーズマフィアの知り合いのごとくふるまっているわけだ。このあたりは、タイムスリップものあるある。

本当の親孝行とは

もうひとつのタイムスリップもののセオリーとして、「親が結婚相手を変えると、自分は存在しなくなってしまう」というものがある。シャオリンはそれを十分に認識している。それでも、母の幸せを願う彼女は、自分の父ではなく、ホワンインと工場長の息子の仲を取り持とうとする。

子が母を思う心と、母が子を思う心。その両方がこの作品では描かれている。

良い相手と結婚して、可愛く優秀な子が生まれると、ホワンインの未来に太鼓判を押すシャオリンに、ホワンインは言う。

「私の娘は、健康で幸せならいいの」

実はこのストーリーには、もう一つ隠れたしかけがあるのだが、それは後半に明らかになる。終盤の伏線回収では、思わずうるっときてしまう。

私にとっては、初めて娘ではなく母親の気持ちで見た映画は『レディ・バード』(母親役のローリー・メカトーフの演技がすばらしい!)なのだけれど、『こんにちは、私のお母さん』も、見る人の年代によって、異なる感想を抱く作品かもしれない。

中国人にとっての80年代

また、この作品を通して、1980年代前半が中国の人々にとってどのような時代であったかをうかがい知ることができる。

「光の時代」という言葉の通り、文化大革命の痛手から回復しつつあり、天安門事件の陰りもまだ見えない、楽観的な明るさに満ちた時代。自らと国を豊かにするために、皆が一丸となって懸命に働いていた。

テレビが購入できたことを喜び皆で鑑賞したり、スポーツや映画などの文化的な娯楽を仲間と楽しむようになったり。このような様子を見ていると、中国の人々に自ずと親しみを覚える。少し時間がずれてはいるが、日本にも同じような時代があった。

中国の実力派コメディ俳優たち

最後に、この作品に出演した二人の女優を紹介しておこう。

まず、主演のみならず、脚本、監督も手がけたジア・リン(賈玲)。監督としては、本作がデビュー作だが、コメディアンとしてのキャリアは20年近く、中国の国民的なお笑い番組『春節聯歓晩会』の常連だ。2009年にお笑い劇団「新笑声客桟相声クラブ」を立ち上げ、コントの台本も数多く手がけている。

安藤サクラ主演の日本映画『百円の恋』をリメイクした『YOLO 百元の恋』(2024年7月日本公開)では、ボクサーに恋したことをきっかけに人生をやり直すニート女性を演じている。その演技もさることながら、劇中で女性ボクサーとしてすっきりボディに変貌していくさまも話題を呼んだ。

目元の涼し気な美女でありながら、ちょっととぼけたところのあるホワンインを演じた チャン・シャオフェイ(張小斐)もいい味を出している。舞台からテレビドラマ、映画、コメディからシリアスまで幅広く演じられる実力派だ。最近では人気テレビドラマ「好事成双」でヒロイン役を演じた。


映画『こんにちは、私のお母さん』

公式サイト:https://hark3.com/himom/

ジア・リン 監督

ジア・リン、チャン・シャオフェイ 主演

第24回上海国際映画祭、新人監督賞、主演女優賞受賞

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川嶋ミチ

翻訳家、ライター。神奈川県生まれ。アジア、ヨーロッパの国々を飛び回り、出産を機に神奈川に舞い戻る。活字中毒。このサイトのキュレーターを務める。

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