映画

映画レビュー「エンドロールのつづき」(Last Film Show)

実話をもとにした「ボーイ・ミーツ・シネマ」の物語

国際的に活躍するインド人映画監督パン・ナリンの少年時代をモデルにした本作は、「現代版ニューシネマ・パラダイス」と称され、数々の賞を受賞した。光をふんだんに使った映像美やインドで暮らす人々と子どもたちの姿のリアリティに満ちた描写が魅力の秀作だ。

インド、グジャラート州の小さな村で父の店を手伝うチャイ売りの少年、サマイは、家族で映画館に足を運んだのをきっかけに、映画に魅了される。ある時、チケットを持たずにもぐりこんだのが見つかり映画館から放り出されてしまうが、そこに偶然居合わせた映写技師のファザルと仲良くなる。

母の弁当を持参して、親には内緒で映写室に足しげく通うサマイ。映画に魅せられた少年は、光のとりこになる……。

9歳のやんちゃ坊主の夢と現実

学校に通い、父さんの店を手伝ってチャララ駅でチャイを売る。9歳の少年サマイのこの日々のルーティンに、「映画館に通う」という楽しい日課が追加された。

父さんは、少年少女の模範的な生活習慣を示す「よい子の生活」のポスターをこれみよがしに家の壁に貼ったりするけれど、そんなのくそくらえ。憧れは映画の世界の主人公だ。

「映画を作りたい」と言うと、そんなものは高貴なバラモンのやる仕事ではないと父さんは言う。では、チャイ売りは? 父さんはかつては牛を何頭も所有していたのに、今ではしがないチャイ売り。しかも、そのチャイの店さえ、時代の流れと共に消えようとしている。

このサマイ少年、なかなかのやんちゃものだ。近所の子どもたちも巻き込んで、目的を達成するためには、嘘もつくし、盗みだってやる。だが、動機は「光を捕まえる」ためという純粋で無邪気なもの。創意工夫、実験を繰り返しながら、自分たちの目標を達成していく姿が頼もしい。

インドのリアルを映し出す、光が織りなす美しい映像

本作では、インド映画で典型的な、登場人物が踊り歌うファンタジックなシーンはない。そのような非現実の世界を見せるのは、劇中に登場する数々のインド映画の名作の役割だ。息をのむようなアクションシーン、華々しいダンスシーン、名優の迫真の演技。私たちは、それをサマイと一緒に覗き見る。

そして本編の方はインドの町の喧騒、田園地方の静けさが生で感じられる素朴な映像が魅力だ。インドに行ったことのある人なら懐かしく感じ、行ったことのない人も想像力をかきたてられるだろう。

特に目を引くのが、光の演出。グリーンのガラス瓶を通して見る車窓、映写室から放たれる光にかざす手。サマイの言う「光を捕まえる」が、もう一つのテーマだといえる。そしてその「光」こそ、物理的な意味でも、精神的な意味でも、映画そのものなのだ。

時代の変化により失うものと得るもの

本作は、時代の移り変わりにより失うものと得るものについても考えをめぐらせるきっかけを与えてくれる。

職を失うのはもちろん残念なことだが、技術の向上はいつだってすばらしいものだし、人を次のステージへと向かわせる動機づけともなる。

不要になったプラスチック製品は、他の有用なプラスチック製品へと生まれ変わる。映画では現実をどこまで反映しているかは分からないが、女性たちは、金属のアクセサリーを買えるほど裕福でなくても、カラフルなプラスチック製のバングルを手に入れることができるようになる。そしてそれを見たサマイは思わず笑顔になる。 時代の変化はだれにも止められない。それをどうとるかはあなた次第だが、そこにあるのは、何事も常に変わっていくという事実のみだ。

インドの家庭料理

もう一つ特筆に値するのが、作中に登場するサマイの母の手料理の数々だ。ファサルが「まさに絶品」と言うのも頷ける。実においしそう! いや、間違えた。絶対においしい。

バラモンといえば、司祭の階級。そしてインドの司祭はベジタリアンである。というわけで、サマイの母が作るのもすべてベジタリアン料理。日本の精進料理ほど禁欲的でなく、彩り豊か。見ているだけで、口の中に唾液がたまってくる。

私もインド滞在時には、手作りのお弁当を注文したり家庭料理をごちそうになる機会に何度か恵まれた。インド料理の神髄は、家庭料理にあり! どんな高級店の味も、母が愛情込めて作った料理の前では霞んでしまう。

グジャラート州にはまだ行ったことがないが、訪問した際にはぜひホウレンソウのドクリ(インド風ラビオリ)を味わってみたい。

グジャラート州を代表する俳優陣と監督

最後に、俳優陣と監督について触れておこう。

サマイを演じた、好奇心に輝く大きな瞳がキュートな少年。本作がデビュー作の彼は、撮影当時は映画の設定と同じく9歳で、映画を劇場で見たのも、本作撮影時が初体験だったそう。

姓の「ラバリ」は彼の出身部族であるラバリ族からそのままとったもの。ラバリ族は、男性は赤い大きなぐるぐる巻きのターバンに白い服、女性は美しい刺繍を施したサリーと白い腕輪がトレードマークの遊牧民族。

サマイを映画の世界の奥深くへと導くいわば「師匠」の映写技師、ファザルを演じた。本作以前はテレビドラマに出演し、歌手、舞台俳優、ものまね芸人としても活躍。

美人で料理上手なサマイの母を演じた彼女は、日本の観客には本作が初お目見えとなったが、アメリカやフランスの映画にも出演するなど、なかなかの実力派。

激昂して棒切れで息子を叩こうとする一方で、息子の幸せを願う父の姿を矛盾なく演じることのできる稀有な俳優。グジャラート語圏で多数のテレビドラマや映画に出演している。

薬剤師として働いていたが、役者になる夢を捨てきれず、演技の世界へ飛び込んだというパッションが好き!

インド、グジャラート州出身。アーメダバードのナショナル・インスティテュート・オブ・デザイン(NID)でデザインを学ぶ。12歳まで父を手伝い駅でチャイを売っていた。映画監督を志して故郷を離れた後も、勉学のかたわら結婚式のビデオ撮影などで学費と映画製作費を稼ぐなど、なかなかの苦労人。

代表作に、『花の谷-時空のエロス-』(2006年)、『怒れる女神たち』(2015年)などがある。

『花の谷-時空のエロス-』は、エロスと不死を扱った幻想的な美しい作品。東京でもロケを行っている。『怒れる女神たち』では、奔放なインド人女性たちの姿がすがすがしい。『エンドロールのつづき』に登場するセクシーなダンスシーンは、この映画からのもの。

古い規範に縛られない、自由な作風が魅力の監督。きっと今後、インド、いや世界の映画界に風穴を開けていくことだろう。


映画『エンドロールのつづき』

公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/endroll/

Amazon Prime Videoでの視聴はこちら

パン・ナリン監督

バヴィン・ラバリ主演

第95回アカデミー国際長編映画賞ノミネート

2022年インディミーム映画祭、ロンドン インド映画祭、アクチュアル芸術祭で観客賞を受賞

  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
川嶋ミチ

翻訳家、ライター。神奈川県生まれ。アジア、ヨーロッパの国々を飛び回り、出産を機に神奈川に舞い戻る。活字中毒。このサイトのキュレーターを務める。

  1. 書籍レビュー「絶縁」

  2. 映画レビュー「ブータン 山の教室」

  3. 書籍レビュー「成功したオタク日記」

特集記事

RELATED

PAGE TOP