陳 浩基 著 天野 健太郎 訳 文藝春秋 刊
伝説の警察の人生を香港の歴史とともに綴る傑作ミステリー短編
舞台は、現代から1967年の香港。並外れた才能と警察としての鋭い嗅覚でクワンが弟子ローと共にさまざまな難事件に立ち向かう。
犯人が仕掛けたトリックを思わずハッとなる手口で解決していく様は圧巻。その過程で上司と部下の深い信頼関係や人間模様が垣間見えほっこりもする。それぞれのストーリーの終盤で、毎回、誰もが想像できないような角度から事件を解決していくクワンにただただ頭が下がるばかりだ。
クワンが背中で見せる警察の使命
クワンとローのやり取りの中で、警察が担うべき使命について深く考えさせられる台詞が幾度も出てくる。
──覚えておけ! 警察官たるものの真の任務は、市民を守ることだ。ならば、もし警察内部の硬直化した制度によって無辜の市民に害が及んだり、公正が脅かされるようなことがあるなら、我々にはそれに背く正当性があるはずだ。
(『13・67』本文より引用)
誰もが警察の使命は悪を罰することだと考える。しかし本当に何の制約やしがらみもなく正義を追求できている警察はいるのだろうか。きっとどんな社会でも正義を追求しようとすればするほど、何かしらの「社会の不条理」に直面し、どこかで妥協せざるをえないのではないだろうか。
クワンの台詞からは警察官のあるべき姿がストレートに投げかけられ、思わず背中を押したくなる。そしてクワンのような「真の警察官」の姿勢は弟子ローにも受け継がれていくが、それが途絶えたときに悪が蔓延る社会が生まれてしまうのだろう。クワンやローが見せる「警察魂」はどのような世界でも求められる勇敢な姿勢だと思う。
移り変わる香港社会の光と闇
またミステリーとしての完成度の高さ以外にも注目すべき点を最後に挙げておく。
現代から1967年に遡り、香港社会が抱える闇をありのままに描き、それに立ち向かう警察を一縷の光のように描いている点だ。例えば第二章の2003年の香港社会では、警察と香港マフィアは切っても切れない関係にあり、保守的な上司に取り入る警察官がほとんどで、マフィアの悪事を罰そうと試みる大胆な警察官は皆無である様子が描かれている。
しかし異端児クワンは権力におもねることを嫌い、法の穴をかいくぐってでも事件解決に挑もうとする。
なぜなら彼は知っていたから──正義とは言葉でなく、行動なのだと。
(『13・67』本文より引用)
確かに正義には「言うは易し行うは難し」の面がある。だがそこで正義を諦めてしまっては社会は成り立たない。正義のために今日も誰かが貧乏くじを引いていることを忘れてはならない。生涯にわたって正義と向き合い続けたクワンの生きざまは日本社会でも求められる姿なのだとも思った。
著者紹介
陳 浩基(ちん こうき)
1975年、香港出身の小説家。扱うジャンルは、推理、SF、ホラーが中心。香港中文大学計算機科学系を卒業後、ソフトエンジニアを経て『傑克魔豆殺人事件(ジャックと豆の木殺人事件)』(未訳)で作家デビュー。その後も香港や台湾で作品を発表し続け、名誉ある賞を数多く受賞している。