映画

映画レビュー「夕霧花園」

三つの時代を背景に描く、時を超えたラブロマンス

愛した男は、スパイだったのか? 1940年代の日本軍占領下のマラヤから、50年代、80年代……女は、複雑な記憶の糸をたどり、真実を追い求める。

第二次大戦中、主人公ユンリンは妹とともに日本軍の強制収容所に収容されていた。妹の死後、ユンリンは日本庭園を造るという妹の夢を叶えるため、日本人庭師、中村有朋に弟子入りする。造園活動を通じて、二人は次第に惹かれ合っていく。そんな中、突如有朋が姿を消してしまう。それから数十年後、再びその土地を訪れたユンリンは何を見たのか……。

豊かな映像美

マレーシアの高原リゾートである美しいキャメロンハイランドの情景が映画の要所で流れ、作品の世界観に惹きこまれる。また有朋とその仲間たちが造園していくなかで日本庭園が次第に出来上がっていく様子、日本庭園の周囲の雄大な景色を取り入れた借景による自然美を捉えた映像が作品に奥深さを加えている。

心揺さぶる姉妹愛

日本軍の慰安婦にされていた主人公ユンリンの妹ユンホンが、自分を置いて早く強制収容所から脱出するよう、表情で促す。

強制収容所から何とか脱出を試みたユンリンは妹と共に逃げようとしたが、妹の確固たる意志をその表情から汲み取った。このシーンで自分は悲惨な目にあいながらも、せめて姉だけは幸せになって欲しいと願う妹の心理が哀愁や憂いを湛えた目から感じられる。妹の決死の願いを受け入れ妹を背に置き去りにして逃げるユンリンは、炎を上げ、爆発する強制収容所を見て、妹の死を悟る。

この一連のシーンでは日本軍人への怒りを感じながらも、姉妹の絆や絶望の先に希望を見出そうとする決意に涙が込み上げてきた。

表情で感情の機微を伝える俳優陣

コメディからシリアスまで、多彩な役をこなし、今や日本を代表する俳優の一人ともいえる阿部寛は、本作では寡黙でミステリアスな雰囲気を醸し出す日本人庭師有朋を好演。複雑なバックグラウンドを持つ男の感情を、きめ細かに表現している。特に、ユンリンとの最後の別れ際に振り向くシーンは、切なさや悲しさだけでなく達成感や期待感も感じられる複雑な表情が印象的だった。

また若き日のユンリンを演じたマレーシア出身の女優、歌手である李心潔(アンジェリカ・リー)の演技も光っていた。彼女はアジアホラーの問題作『the EYE 【アイ】』(2002年)での演技で、中華圏を代表する映画祭、金馬奨で、最優秀女優賞に輝いた経歴を持つ。本作では、妹が日本の軍人にされた仕打ちを忘れられず、日本人である有朋との関係に常に違和感を感じている様を巧みに演じてみせた。

老年期のユンリンを演じた台湾出身の女優、シルヴィア・チャンについても触れておきたい。数多くの香港映画に出演し、コメディから恋愛作品のヒロインまで幅広い役を演じ分け、映画監督まで務める彼女のキャリアは確かなものだ。その長いキャリアに裏打ちされた演技力は、最後に夕霧花園を再訪した際の表情で際立つ。

原作との違いと、映像作品ではの魅力

映画には原作との違いがいくつかあり、原作の内容をよりエンターテインメント性の高いものに昇華している。特に物語の展開に着目したい。

映画では、女性裁判官のユンリンが、有朋の日本軍スパイの嫌疑を晴らすために立ち上がるところから物語は始まる。一方、原作の冒頭では、ユンリンはすでに失語症を患い、裁判官の職を辞している。映画の設定の方がその後の展開によりスムーズにつながる気がした。

途中で有朋とユンリンが造園を通じて互いに惹かれ合っていく様が描かれるが、言葉では言い尽くせない部分が表現できるのが、映像化の利点だと改めて感じた。

クライマックスに近づくにつれて、有朋がユンリンに施した刺青の意味、戦時中に日本軍が隠した金の在りか、ユンホンの生前の意思などの要素が絡み合いサスペンス的な様相も呈し、最後まで盛り上がり、楽しめる作品となっている。


映画『夕霧花園』

公式サイト:http://yuugiri-kaen.com/

トム・リン 監督

李心潔、阿部寛 主演

2019年、マレーシア 第56回金馬奨で9部門ノミネート。アジアン・アカデミー・クリエイティブ・アワードで最優秀作品賞受賞。第31回マレーシア映画祭で3部門受賞。

Amazon Primeでは、さまざまなアジア映画がお楽しみいただけます。登録はこちらから!

  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
久米佑天

東京大学文学部卒業後、大手学習教材制作会社にて英語教材の校正・翻訳に携わる。現在は株式会社Aプラス専属校正・翻訳者としてさまざまなジャンルの文書と向き合う。これまでの訳書に『心理学超全史〈上・下〉―年代でたどる心理学のすべて』と『アンヌンに思いを馳せて:ウィリアム・ジョーンズの臨死体験に基づく物語』がある。

  1. 書籍レビュー「活きる」

  2. 書籍レビュー「すべての、白いものたちの」

  3. 書籍レビュー「すべての瞬間が君だった きらきら輝いていた僕たちの時間」

特集記事

RELATED

PAGE TOP