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映画レビュー「母とわたしの3日間」

懐かしい母の味は、いつだって最強の道しるべ

昔、母親が作ってくれた料理の味、子どもの頃に食べた記憶は、どんな高級レストランの料理にもかなわない。そんな経験を持つ人は少なくないだろう。それは、いつも優しく温かくあなたに寄り添って、「大丈夫だよ」と言ってくれる心の道しるべでもあるのだ。
2023年に韓国で製作され、2024年5月、母の日に合わせるように日本でも公開された話題作。

天国に来て3年が経ったポクチャは、3日間の休暇をとることになった。ガイド(天使)から誰と会いたいのかと聞かれ、米国で大学教授をしている一人娘チンジュだと即答するが、連れてこられたのは、韓国・金泉市にあるポクチャが営む定食屋だった。外に出てきたチンジュを思わず抱きしめようとするが、すっと通り抜けてしまう。ガイドは「タッチはNG」というルールを説明し、3泊したら迎えに来ると言い残して消える。

「恋しくて故郷に帰ってきた娘」と「会いたくて天国から帰ってきた母」

米国にいる娘がなぜここに?と戸惑うポクチャだが、そうこうするうちに、一組の客がやってくる。メニューを聞かれると、日替わり定食だけだとチンジュは答える。今日はキムチチゲだ。

「料理なんかしたこともないくせに」と心配する、幽霊になった母親ポクチャをよそに、チンジュは地下の貯蔵庫に降りていく。大きなかめがいくつも並んでいて、そこからキムチを一玉取り出し、味見をしながら、「よく漬かってる」と満足そうにうなずく。そして手早く、おいしそうなキムチチゲを作って客を喜ばせるのだ。

映画のポスターにも書かれた「恋しくて故郷に帰ってきた娘」チンジュと「会いたくて天国から帰ってきた母」ポクチャは、よっぽど仲の良い母娘だったのだろうか。いや、実際は正反対だった。

生前ポクチャが、地下貯蔵庫のことをチンジュに話していた回想シーンは哀しかった。母娘が向かい合って座るのはどこかの食堂で、周りの喧騒に包まれながら、チンジュの反応は薄く、ポクチャが一人空回りしているような印象を受けた。

反抗期の年齢はとっくに過ぎている。そっけない態度をとりながらも、ポクチャのことが気になっている様子もある。なぜチンジュはここまで冷たい対応をとっていたのだろう。しかも母一人子一人なのに。二人の背景も次第に明らかになっていく。チンジュは母に素直に気持ちを伝えられないまま、ポクチャは突然あの世に旅立ってしまったのだ。それから3年、娘は人生の岐路に立っている。それを目の当たりにした母は一体どうするのか——。

ストーリーにリアリティを与える韓国家庭料理の数々

死んだ人がこの世に戻ってくる設定のファンタジー映画は無数にある。そこに違和感をあまり感じさせず、物語にリアリティを与えているのは、母ポクチャを演じたベテランのキム・ヘスク、娘チンジュ役のラブコメ女王シン・ミナ、コミカルなガイド役のカン・ギヨンらの好演もあるだろう。脚本を書いたユ・ヨンアはヒットメーカーとして知られる。ここぞという場面で流れるノラ・ジョーンズの「ドント・ノー・ホワイ」のせつなさもいい。だが一番は、なんといっても料理だ。しかも極上の家庭料理。

ユク・サンヒョ監督は、見栄えよりも、温かな雰囲気に満ちた家庭料理を選び、湯気をたくさん出すように気を配ったと話している書籍レビューを紹介した周永河著『食卓の上の韓国史:おいしいメニューでたどる20世紀食文化史』とも重なる料理が次々に登場する。

娘は母との思い出をたどりながら、母の味をひたすら再現する。失われた愛を確認するように。幼いチンジュを思ってポクチャが工夫して入れた材料を探し当てるために、あれこれ試して100個は食べたというマンドゥ(韓国の餃子)、長寿を祈って誕生日に作るチャプチェやワカメスープ、近所のうるさ方を黙らせたチャンチグス(韓国式温麺)、マッコルリと相性の良い手づくり豆腐……。チンジュの記憶はおいしい思い出にあふれていたのだ。

ポクチャがソジュ(韓国焼酎)の瓶でマンドゥの生地を伸ばし、やかんの蓋で型抜きして皮を作る回想シーンに胸がきゅんとする。「チンジュのお尻を作る」と言いながら餡をのせ、「チンジュの小さな鼻」と言って角を尖らせるしぐさに母の深い愛情を見た。

母の味の記憶

この映画の重要なテーマは「記憶」である。それは必ずしも「事実」とイコールではないことに注目したい。そもそもこの休暇は「会いたい人と新たな記憶を作る」ためのものであった。「記憶というのは 生きていくための燃料のようなものです」とチンジュは精神科医から言われ、ガイドはポクチャに「人の縁は記憶です」と解く。

そして、一見ありきたりなポクチャの、こんなセリフ。

映画『母とわたしの3日間 』(2024)より

ある瞬間、その言葉はけっして嘘でも強がりでもなかったことを私たちは知る。「記憶」のパワーはそこに宿っていたのだ。

この映画を観たあと、すぐに私自身と母との関係を振り返った。幸運にも母は健在だが、懐かしいあの味を食べたいと思っても、すでに高齢の彼女は「さあどうだっけ?」と考えこんで、料理本を取り出してきたりする。独り暮らしの母は、次第に凝った料理を作らなくなり、そのうち多くを忘れてしまったようだ。それはつまり、これまで私たちのために手をかけてあれこれせっせと作ってきた裏返しであり、感謝とともに、食べたい気持ちも余計につのる。

作っていると思い出すかもしれないと言うので、帰省中は、できるだけ母と一緒に料理を作って一緒に食べている。おいしい記憶は幸せな記憶。後悔のないよう、それをできるだけ積み重ねていきたい。


映画「母とわたしの3日間」

公式サイト:https://klockworx-asia.com/season/

ユク・サンヒョ監督

キム・ヘスク、シン・ミナ主演

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よしい あけみ

ライター、食文化研究家。日本で情報誌の編集を経て、豪州に留学。寮で大勢のインド人学生と暮らしたのがきっかけでインドに開眼。その後南インドで10年以上暮らす。物心ついたときから、なんでも食べて、なんでも読むことが信条。

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