ウマル・ハイヤーム 著 岡田 恵美子 訳 平凡社 刊
四行で詠む、酒とバラと美女の人生歌
アラビア半島とその周辺を含む地域は、ヨーロッパを中心に考えると「中東」になるが、まぎれもなくアジア大陸の一部だ。西アジアと呼ばれるその地域は、世界最古の古代文明が花開いた土地であり、ワイン醸造もそこではじまったとも伝わる。そして11世紀、「酒とバラと美女」の人生を高らかに詠う詩人が現れた。
11世紀のペルシア(現在のイラン)の天文学者・数学者であるウマル・ハイヤーム。彼が書いた四行詩「ルバーイー」100首をまとめた『ルバーイヤート』の主人公は、「酒」といっても過言ではない。イスラム教圏ではあるイランでは飲酒は禁じられているのではないかと疑問に思う人もいるかもしれない。7世紀頃にアラビア半島でイスラム教が生まれ、その勢力を拡大していくとともに、禁酒のイメージが強くなっていくが、古来、豊かな葡萄酒文化が息づいていた土地だったのだ。
無常と無限が交差する、ペルシアの酒場にて
イスラム教が入る前のサーサーン朝ペルシア王国では、ゾロアスター教(拝火教)が信仰され、飲酒は禁じられていなかった。その文化と精神がペルシアの地には残ったのだろう。なお、ペルシアのゾロアスター教徒の多くはインドに逃れた。彼らのコミュニティ「パールスィー」は、現在もインドにあり、酒を愉しむ文化を持っていることでも知られる。
ハイヤームの詩には、酒を飲むだけでなく、酒場や、お酌をするサーキー(美少年であることが多かったという)そして、土から酒盃や酒壺を作る仕事場といった、酒まわりのあれこれが登場するのも興味深い。当時の社会の中で、酒はごく身近な存在であったのかもしれない。
酒をのめ、これこそが永遠の生命、
青春の果実なのだ。
バラと、酒と、友の酔う季節に、
幸福のこの一瞬を味わえ、これこそが人生。
(『ルバーイヤート』収録「第八章 一瞬を知ろう」より引用)
シンプルな四行詩のなかで、過去も未来も関係ない、今この瞬間を味わって生きよと解くハイヤームの世界は、一見刹那的な快楽主義に見える。だが、天空を見つめ続けた詩人は、無限ともいえる宇宙のなかに生きる小さな存在、わたしたち人間の営み、その無常と儚さを誰よりも鋭い目で見ていた気がしてならない。さらに宗教をも超越し、神の存在に疑問を持っているような詩も見受けられる。
どうやら、科学者であるハイヤームは、「天地創造が神の手によるものとは見ず、自然の物体・生物つまり物質は、それらを構成する分子・粒子の結合と離散の結果だ」と考えていたようだ。
ジャラーリー暦を作成した天文学者ハイヤーム
たとえばこんな詩がある。
おお、四元素をもととして、七惑星のはたらきにより創られたお前、
七と四のために悶え苦しむ者よ、
酒をのめ。これまでに千度もいったのであろう、
一度旅立てば、もう戻ってはこないのだ。
(『ルバーイヤート』収録「第三章 太初からの運命」より引用)
科学者としての視点が垣間見れる作品だ。優れた天文学者でもあったハイヤームは、現在のイラン暦の元となる太陰太陽暦ジャラーリー暦を1079年に作成するという偉業をなしている。イスラム教の暦といえば、太陽の動きを考慮せずに月の満ち欠けだけに従う太陰暦「ヒジュラ暦」だが、ジャラーリー暦は、日本をはじめ多くの国が採用している現行太陽暦のグレゴリオ暦よりも正確だとされる。
ジャラーリー暦の新年は3月21日、つまり春分の日。ノウルーズと呼ばれ、イランだけでなく中央アジアなど幅広い地域で祝われる。砂漠の地であるペルシアで、新春に萌える若草は再生の象徴であるようだ。
バラの頬をなでる新春の風は楽しく、
草原に憩う乙女の顔は楽しい。
過ぎ去った日々を語るのは楽しくない。
昨日を語らず、楽しむがよい。ただ今日こそが楽しいのだ。
『ルバーイヤート』収録「第八章 一瞬を知ろう」より引用
日夏耿之介が名づけた甲州ワイン「ルバイヤート」
ところで、『ルバーイヤート』の邦訳は一つではなく、さまざまな版が存在する。本書は、原書(ペルシア語)から翻訳されたものとしては最新になる。最も知られている邦訳は1949年に岩波書店から出版された小川亮作訳『ルバイヤート (岩波文庫)』だろう。
ハイヤームの詩とされるものには後世加えられたものも多く混じっており、岩波文庫版はイラン現代文学の第一人者であるサーデク・ヘダーヤトが選出した『ハイヤームの四行詩集』143首を底本にしている。本書(平凡社版)は、ヘダーヤト版と、現在イランで最も信頼度が高いとされるM・フォルーギーとQ・ガニー両氏が検出した178首を照らし合わせ、100首を選出した。ちなみに、どちらも、ヘダーヤトの分類に倣って詩集全体を八つのグループに分けている。
岩波文庫版から一つ紹介しよう。
天国にはそんなに美しい天女がいるのか?
酒の泉や蜜の池があふれているというのか?
この世の恋と美酒を選んだわれらに、
天国もやっぱりそんなものにすぎないのか?
『ルバイヤート (岩波文庫)』収録「ままよ、どうあろうと」より引用
本書(平凡社版)は、1頁に1詩配置し、さらに八つのグループの冒頭に詩の背景の説明を加える構成になっており、じっくり作品を理解することができる良さがある。一方、岩波文庫版は詩集と解説を完全に分けて二部構成にしており、ハイヤームの詩の世界にひたすら浸りながら「酔える」のが心地よい。
また、岩波文庫版は、甲州ワインの老舗、丸藤葡萄酒工業のブランド名の名付け親になっていることも面白い。詳細は同ワイナリーのホームページに「ルバイヤート物語」としてまとめてあるので興味ある方はぜひ読んでほしい。
さて、ペルシアの詩人で飲酒を歌ったのは、ハイヤームだけではない。『ハーフィズ詩集』で知られる、14世紀の神秘主義抒情詩人ハーフェズも酒と美女を讚える詩を多く残しており、あのゲーテにも影響を与えたといわれる。ハーフェズはワインの品種シラー/シラーズの語源ともいわれるイラン南西部の都市シーラーズで生まれ育った。
「ルバイヤート」ワインを飲みながら、古のワインの国ペルシアに思いを馳せ、これらの詩集を読むのはまた格別に違いない。
ウマル・ハイヤーム
1048年、現在のイラン東部の町ニーシャプール生まれ。数学者として活躍し、三次方程式の解法を初めて提示。セルジューク朝の王マリク・シャーに他の天文学者とともに招聘され、現在のイランの暦の元となったジャラーリー暦を1079年に完成させる。詩作をいつしていたかは不明だが、死後に発見。詩集『ルバーイヤート』は1859年、英国の詩人エドワード・フィッツジェラルドの英訳版が出版され世界的な流行となった。
写真情報: “Wine Drinking in a Spring Garden”, Metropolitan Museum of Art, CC0, via Wikimedia Commons. 15世紀のイランで描かれた、春の庭でワインを飲む絵。中央アジアからイランあたりの地域を支配したトルコ=モンゴル系のイスラム教国家ティムール朝時代に描かれた作品で、ペルシア風というより、どことなく中国風な雰囲気が漂っているのが特徴的。