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映画レビュー「0061 北京より愛をこめて⁉」

香港映画界を代表するチャウ・シンチー監督の監督第一作

あの超有名スパイ映画のパロディ。ここまでバカバカしいスパイ映画も滅多にないかも。

とことんバカバカしいけど大好きな喜劇映画は? そう尋ねられてあなたが思い浮かべるのはどんな作品だろうか。

史上最高にくだらなくて、めちゃくちゃ楽しいのだけど、こんな作品ひとに勧めていいのか、もしかしたら人間性を疑われてしまうのではないか——そんなためらいさえ覚えるのに、改めて見ればやっぱり最高に愉快で、このバカバカしさを独り占めするのはもしかしたら罪なんじゃないか、なんて思ってしまう映画はないだろうか。

白状しよう。香港映画界のチャウ・シンチー監督の「0061 北京より愛をこめて⁉」(1995年)がわたしにとってはそんな映画のナンバーワンだ。

007シリーズのパロディ

タイトルの「北京から愛をこめて!?」という副題を読んですぐに内容を察した読者もいるだろう。そう、ジェームズ・ボンドが活躍する有名なスパイ映画「007」シリーズ第2作目「007/ロシアより愛をこめて」(1963年、監督テレンス・ヤング、主演ショーン・コネリー)をもじったものだ。

つまり、本作は映画「007」シリーズのパロディなのだ。

主な舞台は香港。それも中国に返還される前の香港で、1975年前後と思われる。

中国人民解放軍の瀋陽基地が悪党一味の襲撃を受け、国宝級の貴重な巨大恐竜の頭蓋骨の化石が盗まれてしまう場面から物語は始まる。

香港に運び出されたという化石を追って現地に飛ぶのが、軍の命を受けた落ちこぼれスパイの主人公、リン・リンチャイ(チャウ・シンチー)だ。

10年ぶりの任務に奮い立つリン・リンチャイは、同じくスパイのヒロイン、レイ・ヒョンカム(アニタ・ユン)と香港で落ち合い、彼女とともに悪の巣窟に迫っていくのだが……。

ジェームズ・ボンドは泣いているかも

あらすじはそのくらいで十分。とにかく最高にバカバカしい喜劇だ。

007をはじめ、様々な映画からのどこまでもチープな引用が盛りだくさんで、イントロからして映像も音楽ももろに「007」シリーズのパクりだし、悪党一味のボスは「ロボコップ」のような(しかし造形のやたらと大ざっぱな)特殊合金のよろいをまとっていて、手にした秘密兵器にいたっては「007/黄金銃を持つ男」の黄金銃そのものだ。

対するリン・リンチャイは当局から存在を10年も忘れられるほどの駄目なスパイで、下町の肉売りが世を忍ぶ仮の姿(というよりもはや本業)。薄汚い道ばたの屋台で半裸にエプロン姿で肉を売りながら、あくまでダンディを気どり、憂鬱そうにグラスのドライマティーニをすする色男だ。

ボンドに憧れるハードボイルドなスパイはもちろん、いつだってくわえ煙草だ。この煙草がまた愉快で、何があろうとも絶対に唇の端から落ちない。瀕死の重傷を負い、息絶え絶えの時さえも。

重傷といえば、同じ場面で彼が止血のために用いた、あのとっぴょうしもない小道具……秘密兵器のおっぱい火炎放射器……ああ、何もかも説明してしまいたい……。

でも結構ほろりと来る人情喜劇

しかし、ほろりと来る場面もきちんとあって、死ぬほどバカバカしいのに、終わってみれば、なんだかとてもいい映画を見た気分になれる。

チャウが主演するコミカルな監督作品をいくつか見てきたが、ひたすら笑わせておいて、気づけば人情話で涙を誘い、チャウ扮する主人公がただの駄目人間かと思いきや、実はヒーローという筋書きで共通している。 「食神」(1996年)しかり、「少林サッカー」(2001年)しかり、「カンフーハッスル」(2004年)しかり。チャウの笑劇(喜劇)のお約束なのだろう。

玉置浩二は香港でも人気

ちなみにリンチャイが(やっぱりくわえ煙草で)ピアノ弾き語りを披露する場面の曲はジャッキー・チュン(張学友)の「李香蘭」という歌だが、実はこれ、玉置浩二の隠れた名曲「行かないで」の広東語バージョンだ。香港ではかなりヒットしたらしく、玉置本人が香港のシンフォニックコンサートで披露し、大喝采を浴びる映像を見たことがある。動画サイト等でぜひ探してみてほしい。

ひねった原題とひねり過ぎた(?)邦題

最後に原題の「國産凌凌漆」について簡単に説明したい。「國産」は日本語と同じ「国産・自国製」の意味で、「凌凌漆」は広東語でリン・リンチャイ(北京語ならリン・リンチー)と読み、主人公の名前だ。

中国語では「凌凌漆」も「007(零零七)」も発音は同じだ。つまり「國産凌凌漆」とは、耳で聞く分には「中国製007」という意味にしか聞こえないタイトルなのだ。たださすがに「007」のままでは本家ジェームズ・ボンドの「007」に対する権利上の問題もあり、字面だけ変えて、主人公の名前にしたのだろう。

その点、邦題も「007」という言葉を避けるために工夫をして「0061」としたようだが、ぱっと見ただけではまるで意味が通じないのが残念だ。いっそのこと英語タイトル同様、副題の「北京から〜」のみにすればよかったのに。

あのころの香港

考えてみれば、本作ももはや古き佳き時代の「香港映画」となってしまった。

人民解放軍の間抜けなスパイを主人公にして、ここまであからさまに中国共産党を揶揄するような作品は、言論統制の厳しくなった今の香港ではもう作れないだろうから。

これが監督作品第一作だったチャウが最近、表舞台にあまり出てこない理由も、案外そのあたりにあるのかもしれない。逆に、近年のチャウは大陸の体制側にべったりだという批判もあるが実情はどうなのだろう。

いずれにしても本人のンスタグラムを見るに、新作映画「少林〝女子〟サッカー(少林女足)」の企画を温めているようなので楽しみにしたい。


監督紹介

チャウ・シンチー(周星馳、スティーブン・チョウ)

1962年香港生まれ。俳優として人気を呼んだあと映画監督となり、2001年の監督主演作品「少林サッカー」で国際的な名声を博す。2004年の「カンフーハッスル」は米ゴールデングローブ賞の外国映画賞にもノミネートされた。最新作は2016年の「人魚姫」

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飯田亮介

イタリア文学翻訳家。1974年神奈川県生まれ。2002年より中部イタリア・マルケ州モントットーネ村在住。訳書にパオロ・ジョルダーノ「素数たちの孤独」「コロナの時代の僕ら」、エレナ・フェッランテ「ナポリの物語(全四巻)」他多数。

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