書籍

書籍レビュー 「夜の獣、夢の少年」(上、下巻)

ヤンシィー・チュウ著 圷香織 訳 東京創元社 刊

儒教の五常の名を持つ五人が絡み合う、謎めいた幻想譚

舞台は1931年英国植民地のマラヤ(マレーシア)。偶然手に入れたガラスの小瓶に入った小指を返したくて奔走する者と、その小指を取り戻して墓に収めたい者がいる。

五常とは、儒教で説く五つの徳目、すなわち、仁・義・礼・智・信を指す。

ジーリン(ジーは五常の智)はダンスホールで客とダンスを踊る仕事をしていたが、ある日、客に乱暴にゆすられ、相手の上着のポケットに手が入って、何かをつかみとってしまう。盗んだと思われるのがいやで、こっそり持っていたが、あとで見ると、それは小指の入ったガラスの小瓶だった。翌日その男が事故で死んでしまい、返せなくなる。男の身内から、それはパトゥ・ガジャ病院の看護婦から受け取ったものなので、その人に返せばいいと言われる。

母親が再婚したため、ジーリンには同い年で誕生日まで同じ、医学の勉強をしているシン(五常の信)という義きょうだいがいるが、シンはパトゥ・ガジャ病院の補助スタッフをしていた。そこで、病院へ連れていってもらって、その看護婦を探すことにした。ところが、疑わしい看護婦を見つけたところで、彼女は階段から落ちて意識を失ってしまう。

一方、レン(五常の仁)という少年が仕えているマクファーレン老医師には死が迫っていた。老医師は、自分がなくした小指を見つけて死後49日以内に墓に埋めるようレンに依頼する。それから、パトゥ・ガジャ病院で働いている知人のウィリアム医師にレンの面倒をみてほしいという手紙を書いて、レンをその医師の元へ行かせる。小指はその医師のところにあるはずだから、誰にも知られずに手に入れるよう指示する。

レンには3年前に死んだイー(五常の義)という名の双子のきょうだいがいた。双子だったことから、お互いがどこにいるのか感じることができた。今でもレンはイーの存在を感じるし、ネコの髭のように探している物がある場所を感じる能力もあった。その能力で、小指のありかを感じとっていく。

多くの謎が出現するミステリー

五常の名を持つ4人が登場するが、5人目は誰なのか終盤までわからない。ジーリンは眠るとイーがいるあの世へ旅立つための場所へ落ちていくようになったのだが、イーはジーリンに次のような伝言をレイへ届けるよう頼む。

「夜の獣、夢の少年」本文より引用)

また、ジーリンとシンが病院で、病理学者で検視官のローリングズの部屋の片づけをするよう頼まれ、そこにあるガラスに入った臓器や体の一部の標本をリストと照合して整理していくと、どういうわけか14本あるはずの指の標本がすべてなくなっていた。

さらに、何人もの人が死んでいく。虎に体の一部を食べられた者もいる。どれも事故に見えるが、殺人の可能性も否定できなかった。殺人だとしたら、だれが何のために殺したのか?

最後にはこれらの謎がすべて解けるようになっているし、わかってみると、そのことをほのめかす記述があったことに気づく。

ファンタジー、ホラー、伝承、ロマンスの散りばめられたミステリー

先に述べたように、多くの謎や殺人があるので、私は本書をミステリーと捉えたが、それ以外の要素も散りばめられている。イーのいるあの世へと旅立つための世界の描写はまさしくファンタジーだ。ジーリンとレンは夢の世界でときどきイーと接触する。下記はジーリンが初めてその世界へ行き、イーと出会ったときの描写だ。気がつくと川の中を漂っている。

「夜の獣、夢の少年」本文より引用)

この世界の川の中には影のような黒いものがあり、川に入ってきた人を追いかける。死の世界へ引きこむものではないかと思われる。現実世界では、虎に食われる被害者が次々と出て、人々に恐怖をあたえる。このようなホラーの要素もある。

また、人虎(人間が虎に変身する獣人。本書では、虎が人間に化けて人を襲うとしている)の伝承がこの物語と深く関わっている。ウィリアムの家の近くでも虎の足跡が見つかり、しかも前足の指が1本欠損している。人虎の仕業ではないかとのうわさも流れる。レンはかねてより、亡くなったマクファーレンが人虎ではないかと疑っていた。人虎は前足か後ろ足のどこかに欠陥があり、埋葬のときにその欠損部分も一緒に埋めるようにすれば、また元通り人間に戻れると聞かされていたからだ。

さらに、ジーリンのロマンスについても描かれており、非常に盛りだくさんの贅沢な物語と言える。


著者紹介

ヤンシィー・チュウ(Yangsze Choo)

中国系マレーシア人作家。ハーバード大学卒業。デビュー作の「彼岸の花嫁」Netflixでドラマ化され、本作とともにニューヨーク・タイムズのベストセラーとなった。現在はカリフォルニアに家族とともに住んでいる。

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飯野眞由美

立教大学文学部卒。洋書卸売会社勤務を経て、カルチャーセンターや予備校で英語を教えはじめる。英語講師・翻訳家。「スパイダーウィック家の謎」シリーズをはじめ20冊ほど翻訳書がある。

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