映画

映画レビュー「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」

タイ国内外で空前の大ヒットを記録したクライム・エンターテイメント

タイの学歴社会がよく描かれており、俳優の演技や映像に至るまで異国情緒あふれる世界観に惹きこまれる。

数学に秀でた天才少女リンが友人のグレースに試験中回答を教えるところから物語は始まる。これを聞きつけたグレースの彼氏パットはカンニングの見返りに金銭的な報酬を与える提案をリンにする。

奨学金で学校に通っていたリンはこの提案に心動かされ、次第に大規模なカンニングプロジェクトに加担するようになっていく。その中で生徒たちはさまざまな試練を乗り越え、真の友情とは何かを自問しながら成長していく。

タイの学歴社会

本作はスリリングな展開が最大の見どころのひとつであることは間違いないが、タイの学歴社会について知ることができたのは、大きな収穫だった。高校卒業後、特にアメリカをはじめとする海外の大学に進学して夢を掴みたいたいという野心が日本の高校生よりも明らかに強いのが分かる。

学歴への執着はカンニングの巧妙さにも見て取れる。まずリンはピアノの指の動きを利用して他の生徒に回答を教えようとするのだが、試験監督者を欺く見事な指さばきで次々に難問の答えを伝えていくシーンには張り詰めた臨場感が漂う。

またクライマックスでは、アメリカの大学に留学するためにSTIC(世界大学統一入試)を誰も思いつかないであろう巧妙な手口で攻略しようとする。バーコードの並びで答えを示した鉛筆を他の生徒に配ったり、時計を見るだけで答えを知ることができるように特定の時間に特定の答えを指で示したりするのだ。

私の学生時代を思い返しても、具体的な夢や目標などなく流されるまま勉強していた覚えがある。現役でバリバリ働いているエリートが登壇してキャリアについて話る大学主催の講義などにも参加してみたこともあるが、いまいちピンとこなかった。日本はもっと早いうちから憧れの職業を思い描けるようなキャリア教育を徹底すべきだと強く感じた。

また貧富の差が教育の差にもつながっているシーンがいくつか描かれている。リンは特別学業が優秀であったため、貧しくても奨学金を得て有名な高校に通うことができたが、学力が「普通」の貧しい学生は十分な教育が受けられないまま大学にも進めないのかもしれない。

例えば、リンが友人たちのカンニングの手助けをするシーンでは、報酬を得るためにその成功を祈る一方で、一つ間違えば自分も処分を受け学歴をつめなくなってしまうという悲壮感が漂ってくる。

酷な話だが、教育は「金で買える」現実はタイにも存在するのだと感じた。例えば、裕福なグレースの彼氏パットは金でカンニングを頼み、学歴を得ようとする。日本でも教育格差が叫ばれているが、リンのように優秀な学生には奨学金制度をもっと充実させるべきではないだろうか。自分の身の回りでも高校生までは奨学金を得て優秀な学生が名門校に通うケースは見たことがない。

異国情緒あふれる新鮮な世界観

本作はしょっぱなからタイらしさ全開の映画だ。リンが通う学校の雰囲気や街並みがいかにもタイ。普段はガヤガヤと生徒の声で溢れ、タイの屋台を思わせる活気のある教室も、いざ試験となると失敗はできないプレッシャーがひた走る殺伐とした戦場と化す。またバイクがブンブンと行き交う道路、賑やかな市場、リゾートホテルと見まがう建築物など異国情緒漂う。

タイではカンニングが社会問題となっているようだが、映画冒頭のカンニングの描き方で私が知っているカンニングとは少し違うなと感じた。日本ではカンニングはこそこそとなるべく目立たないような地味なやり口が常套手段だが、タイではまさにダイナミック。ピアノの指の使い方で答えを伝えるなんて。あたかもピアノを弾いているような手つきで机を叩き、答えを伝えるのだ。

カンニングという若干シリアスな問題を扱っているが、背景で流れる曲調や俳優陣の演技がどこかユーモラスで思わず笑顔になってしまう。中心のテーマからそれすぎないように、娯楽の要素が随所に垣間見えた。また笑いのツボも日本とは異なる気がして、その差も逆に新鮮だった。

最後のエンドロールで流れる曲を聴いていると、タイの開放的な民族性が感じられ、今まで見てきた映画とは世界観が全く違う作品を見た高揚感と何とも言えないエキゾチックな気分に浸れた。

本作がデビュー作で主人公リンを演じたチュティモン・ジョンジャルーンスックジンは独特な存在感で強烈な印象を残した。長身でプロポーションの良いスタイルが目を惹く。目鼻立ちもナチュラルでアジアン。

モデルとしても活動しているようだが、昨今よく目にする作られたアイドルとは全く路線が違う。一目見ると忘れられないありのまま主張してくる個性は、近年の「美容ブーム」とは逆行しているようだが、それが新鮮で魅力的だった。

やはり主演は他の俳優とは違うこれくらいの個性が必要なのだともつくづく感じた。主演以外の俳優の演技もどこか「現地感」があるというか、飾らない演技がタイの国民性を反映しているかのようで楽しかった。

本作の監督、ナタウット・プーンピリヤの他の代表作には『カウントダウン』『プアン/友だちと呼ばせて』などがある。国内外の賞を多数受賞しており、現在は主にテレビコマーシャルやミュージックビデオで活動している。


映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」

公式サイト:https://www.maxam.jp/badgenius/

ナタウット・プーンピリヤ監督

チュティモン・ジョンジャルーンスックジン主演

16の国でサプライズ大ヒットとなり、8つの国でタイ映画史上最大のヒットを記録した。タイのアカデミー賞とよばれる第27回スパンナホン賞で監督賞、主演女優賞、主演男優賞をはじめ史上最多12部門を受賞。米批評家サイトRotten Tomatoesでも92%FRESHを記録。2017年のタイ映画史上最も多い1億バーツ以上の興行収入を得た。

  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
久米佑天

東京大学文学部卒業後、大手学習教材制作会社にて英語教材の校正・翻訳に携わる。現在は株式会社Aプラス専属校正・翻訳者としてさまざまなジャンルの文書と向き合う。これまでの訳書に『心理学超全史〈上・下〉―年代でたどる心理学のすべて』と『アンヌンに思いを馳せて:ウィリアム・ジョーンズの臨死体験に基づく物語』がある。

  1. 書籍レビュー「82年生まれ、キム・ジヨン」

  2. 映画レビュー「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」

  3. 映画レビュー「82年生まれ、キム・ジヨン」

RELATED

PAGE TOP