映画

映画レビュー「ブータン 山の教室」

秘境の小さな学校から垣間見る、「幸せの国」

ブータン、ルナナ村。標高4800メートル。天空の小さな村を舞台に描く、一人の青年と村人たちの物語。

歌手を夢見る青年、ウゲンは、祖母と暮らす首都ティンプーから、僻地のルナナ村へ教師としての赴任を命じられる。バスと徒歩で何日もかけてたどり着いたルナナ村では、素朴な村人たちと、山の教室できらきらと目を輝かす子どもたちが待っていた……。

ブータンの現代っ子、僻地へ

まず、主人公のウゲンが絵に描いたような好青年ではなく、いかにも今どきの若者なのがいい。役所に呼び出される時こそ、民族衣装の「ゴ」を身に着けるが、ティンプーでの普段の生活ではTシャツ。外国への移住に憧れ、朝は寝坊して夜遊びもする。ムダに苦労なんてしたくないといった感じ。

その彼が、数か月の僻地の学校への赴任でどう変わるか。そこが見ものだ。

先生としてやってきたウゲンを、村人たちは尊敬を込めて大切に扱う。自分には無理だから帰ります、などと言われても、穏やかにそれを受け止める。

「先生は未来に触れることができる」と言う生徒。遠くから高らかに響く歌声。都会から来た若い教師の本心を知っても、変わらず親切に接する村人たち。その一つひとつに触れ、ウゲンの心は動き始める。

垣間見るブータンの「やさしさ」

親切で穏やかな気性の村の人々(しかし女性は勝ち気でしっかり者)はもちろん、本作にはそこかしこにやさしさがあふれている。

例えば、ウゲンたちはルナナ村への旅の途中で、一組の夫婦と幼い息子のみが暮らす「集落」とさえいえないコイナという場所で、一夜の宿をとる。

この家の主人はなんと、はだしだ。本人は慣れていると言うが、標高3100メートルの場所で寒くないわけがない。でも夫婦の幼い息子はちゃんと長靴を履いている。緑と、ほぼ土色に近い色彩の中に、息子の赤い長靴と水色の車のおもちゃが鮮やかに映る。これは親が子を思うやさしさの色。我が子の足が凍えないように。おもちゃで楽しく遊べるように。

また、ウゲンが村一番の歌い手のセデュに出会い、「ヤクに捧げる歌」を教えてほしいと乞うと、彼女は紙に歌詞を書いて渡す。つまり、この女性は文盲ではない。子どもたちもすでに簡単な英語を理解できている。

これは、世界で一番の僻地(おそらく)のこの村の人たちを国が見捨てず、継続的に教師を派遣して教育を施してきたことを意味する。ここに国民を思いやる国の姿を見ることができる。

歌でつながる

本作では、歌が重要な役割を果たしている。主人公が歌手を目指しているという設定だから、村人の歌に、もちろん興味を示す。旅の途中の焚火を囲んでうたうヤク飼いの歌。ルナナ村の山間に響くのは、「ヤクに捧げる歌」。伴奏はなく、時には楽し気に、時には厳かに、アカペラで歌い上げる。

村人たちにとって、これらの歌は、心を軽やかにする慰めであり、ラブソングであり、贈り物だ。主人公は歌を通して村人たちの心に触れ、この僻地で生きることの痛みと喜びを知り、距離を縮めていく。

日本との共通点

そしてヤク飼いたちのうたう歌は、日本民謡と節まわしがよく似ている。日本民謡も、ルナナ村の民謡と同じく、庶民の間で自然発生的に生まれ、労働の慰みに、祝い事にと、庶民の心をうたった歌だ。

また、ルナナの村人たちに、日本人とよく似た宗教観も見てとることができる。仏教徒として輪廻転生を信じる一方で、峠の神に供え物を捧げ、山の精霊たちに歌を捧げる。つまり、仏を敬いながらも、万物にも神が宿ると信じているのだ。

以前から、日本人と顔つきが似ている、民族衣装の「ゴ」(男性の衣装)、「キラ」(女性の衣装)が着物と似ているという話は聞いていたが、日本とブータンは根本的な、もっと深いところでつながっているような気がする。

村人多数出演の現地ロケ

ルナナ村というのは、実際にはないそうだが、本作のロケはブータン、ガザ県ルナナ郡にある小さな集落で行われた。映画に出演している人たちの大半が、この集落の住人だ。

大きなきらきらした瞳がかわいいクラス委員のペムザムを演じたのは、ルナナ郡に住む同名の少女で、撮影当時は9歳。本作がデビュー作となった。その他の出演者も、皆、本作で映画俳優としてのデビューを飾っている。

ウゲンの旅のナビゲーター、村に到着してからは世話役を務めるヤク飼い、ミチェンを演じたウゲン・ノルブ・へンドゥップは、もともとはウゲン役のオーディションを受けたそう。主役を射止めることは叶わなかったが、監督が彼の演技を気に入り、当初は設定のなかったミチェン役をわざわざつくったという。この配役は大正解。彼には、都会育ちのすれた若者より、昔話の世界から抜け出てきたような素朴なヤク飼いが似合っている。

派手な演出やアクションはないが、出演者たちの自然な表情に、真のドラマをみることができる。また、村人たちとの交流を経て変わっていく主人公の姿に、ドキュメンタリーとは違ったストーリーテリングの妙を感じる。何度見ても味わい深い作品だ。

尚、本稿執筆に当たっては、「日本ブータン研究所」の記事も大変参考になった。


映画『ブータン 山の教室』

公式サイト:https://bhutanclassroom.com/

パオ・チョニン・ドルジ 監督

シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン 主演

第94回アカデミー賞®国際長編映画賞ノミネート、第31回パームスプリングス国際映画祭および第13回アムステルダム・シネマジア映画祭で観客賞を受賞

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川嶋ミチ

翻訳家、ライター。神奈川県生まれ。アジア、ヨーロッパの国々を飛び回り、出産を機に神奈川に舞い戻る。活字中毒。このサイトのキュレーターを務める。

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