ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン 著 新井なゆり 訳 東京創元社 刊
インドSF?!そんなの面白いの?と思ったあなたは損してる

アルゴリズムが神となった近未来のバンガロール。生産性、人気度、思想までがスコア化され、社会が分断される超カーストディストピアに、ジャカランダの秘密の花が咲く。2024年アーサー・C・クラーク賞候補作品。
つい先日、サリー姿のインドの女性たちが頭にスマートフォンをつけて家事や作業を撮影する画像がSNSに流れてきたとき、一体なにごとかとギョッとした。AIロボット開発の学習データとして使われているらしい。いつか自分たちの仕事を奪うかもしれない技術のために、時給250ルピーで自分の「動作」を売っている。この光景を見てすぐに思い出したのが、この小説だった。
ゲームデザイナー出身の作家、ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤンのデビュー作『頂点都市』は、彼女が暮らす南インドの都市バンガロール(原書に従い、この都市名で統一する)の近未来を描いたディストピアSFだ。使用人や警備員などがAIロボットにほぼ入れ替わり、人々の生産性から思想、SNSでの人気度までがアルゴリズムにスコア化される世界。私たち全員がすでに片足を突っ込んでいるといってもおかしくない、奇妙なリアリティが漂う。
あなたのスコアはいくつですか
資源の枯渇と気候変動が深刻化し、国家が対応しきれなくなった近未来。都市が独立し、国家が消滅する。シンガポール生まれの複合企業「ベル機構」が世界各地の技術拠点に投資し、能力主義体制を導入した。
かつてバンガロールと呼ばれた南インドの都市は「頂点都市」と改名され、ロンドンは王冠都市、ベルリンは尖塔都市、サンフランシスコは最上都市となった。都市の民営化という発想にまず驚かされる。
この世界を支配するのは正規分布曲線、つまりベル曲線にマッピングするアルゴリズムだ。住民は生産性だけでなく、SNSでの社会的人気度、好ましい価値観、適切なポップカルチャーへの興味まで一人ひとりスコア化される超格差社会なのだ。
上位二割のエリート「ヴァーチャル民」はあらゆる特権に無制限にアクセスできる。中間七割はミスが許されないまま必死に働く。
そして下位一割に落ちると、アナログ世界に追放される。水道も電気も使えない、気候変動で荒廃した不毛の地だ。彼らは「アナログ民」と呼ばれる。
ヴァーチャル民は悪態をつく際に「この一割民め!」という言葉をよく使う。「畜生め!」といったところか。実際、彼らは人間扱いされていない。最も生産性の低い者は「菜園」と呼ばれる施設に送られ「収穫」されてしまうのだ。
アルゴリズムが神となった都市
ヴァーチャル民の耳の後ろにはベル・バイオチップが埋め込まれ、目覚めた瞬間から心拍数、神経学的兆候、生産性データがリアルタイムで送信される。思考が「適切でない方向」に向かうと、意見均質化装置が電気ショックで矯正する。
自宅には仮想現実ポッド、街には電送移動口、空には気候を管理する「日傘」が浮かぶ。これだけ読むと遠い未来の話に聞こえるが、SNSのスコアで人間の価値が決まり、アルゴリズムが行動を誘導する現実と、どれほど違うだろうか。
ベル曲線の中央の膨らみが中間七割民、右の裾野が上位二割民、左の裾野が下位一割民。この構造で誰しもが思い出すのがインドのカースト制度だろう。割合こそ一致しないが、少数の特権層が多数を支配するという本質においては酷似している。
カーストは親の身分がそのまま子に引き継がれる完全世襲制だが、能力主義ならば全員に公平なのではないか。建前上はそう感じるかもしれない。しかし物語の中には、アナログ民の出自をひたすら隠そうとするヴァーチャル民が登場する。結局は似たようなヒエラルキー社会という皮肉だ。
最も不気味なのが、このディストピアに支配者がいないという点だ。人々の精神を糧にして作り上げられたアルゴリズムが支配する世界。誰も全体を知らないまま、自分が自分の首を絞めているシステムが動き続けるのだ。
怪盗が盗んだのは、木の芽だった
本書はヴァーチャル民とアナログ民の老若男女さまざまな立場から頂点都市を描く、20の独立した物語で構成される連作短編集(著者の言葉を借りれば「モザイク小説」)だ。
特定の主人公を持たないこの形式は、支配者不在で誰も全体を把握していない都市を語るにはこれ以上ない選択だと思う。時系列で展開するため、読み進めるにつれて都市の解像度が徐々に上がり、世界に深く引き込まれていく仕掛けになっている。
個人的に最も印象に残ったのは冒頭の物語「義賊の植えた樹」だ。これは原著 “The Ten Percent Thief” の表題作でもある。「一割民の怪盗」こと女性革命家のナーヤカが、電気シールドが貫くカルナティック境界経線を越え、武装した保安ドローンのスキャンをくぐり抜けて、ヴァーチャル界の最上位1パーセントに君臨する大物の屋敷に忍び込む。
盗み出すのは、なんと木の芽と即効開花剤。
気候変動で不毛の地と化したアナログ界には植物が育たない。「たいていのアナログ民は木がどんなものか知らない」のだ。木の芽が命がけで盗む価値を持つというSF的な必然性が、この世界の残酷さをひとことで伝える。
持ち帰った芽を地中に埋めると、瞬く間に育って紫の花を咲かせた。ジャカランダだ。実際のバンガロールでよく見かける、はらはらと地面に落ちる花は、色は違えど桜のような存在感がある。
たとえ明日は地獄でも
ナーヤカはその花を咲かせて闇に消える。彼女の心の声が忘れられない。
<でも今日は希望があるわ>
明日でなく、今この瞬間に希望がある。息をする権利しか与えられていないアナログ民に許された、たった一瞬の希望。このジャカランダはのちに「宝石の森」と呼ばれるアナログ民のレジスタンス活動全体の象徴となっていく。
廃品集積場のスクラップで作られた金属の木々が立ち並ぶ中心に、本物の生きた花を咲かせるジャカランダが一本だけある姿は気高く美しい。
剣を持つ女たち、影に消える女たち
そうしたレジスタンス活動の先頭に立つのが戦士部族ラサエ族の宗主で、女性だ。ヴァーチャル界でも人気女性格闘士の灰姫が活躍し、何百万人もの女性が男性優位の超現実空間に反発する象徴となっている。
ちなみに木の芽を盗んだ女盗賊ナーヤカの名は、南インドに存在した地方政権の名前であり、統治者・武将階級の称号でもあり、古代は男性の英雄、ヒーローの呼称だった。
一方で気になる点もあった。アナログ界には六つの部族があり、ラサエ族は戦い、タタエ族は道具を作り、マハエ族は子供を育て、スタエ族は盗む、というようにそれぞれ役割がある。しかしアタエ族は「夜に通りを歩く」、つまり享楽ドームでヴァーチャル民に性的サービスを提供する存在として描かれ、レジスタンスにも加われない。
女性の力強さを称揚しながら、性や快楽に結びついた女性的なものへの視線には古い偏見がそのまま残っているように見える。「AIは家父長制の鏡である(Artificial Intelligence: A mirror to the patriarchy)」というエッセイを書き、テック業界のジェンダー差別を鋭く批判した著者だけに、この設定の意図はどこにあったのか、気になるところだ。
ヴァーチャル民側の物語にも目を向けてみよう
ベッドの下の怪物
思考を矯正する装置が郵便で届く話がある。「ベッドの下の怪物」だ。その名も「オフィーリア」。意見均質化制限調整ユニットと呼ばれるこの装置は、ベッドの下に潜んで住人の思考を常時監視する。
ジョンはアナログ民出身でありながら、並外れた生産性でヴァーチャル民社会の上位二割民への昇進を目前にしている。しかし音楽や映画の好みがアナログ寄りのままで、それを矯正しない限り昇進はありえないとベル機構から告げられる。
オフィーリアは適切でない思考を素早く察知して電気ショックで修正し、正しいキーワードを心に送り込み、視覚や聴覚さえ操作して世界の見え方を変えていく。
恐ろしいのはジョンがそれに気づかないことだ。矯正されながら「前進している」と感じている。自分が自分でなくなっていく過程を、本人だけが知らない。
現代のSNSアルゴリズムや行動ターゲティング広告の極端な進化形として読めば、ゾッとするほどリアルだ。
テクノロジーに依存せず、人間だけが持てるものとは
ヴァーチャル民世界では、内部イヤホンで直接メトロノームのリズムを頭に流し込み、鍵盤の明滅機能がピアノ自体に弾き方を教える。競争相手はみな機械のように正確に演奏する。
アナログ民の孤児として育ちヴァーチャル民の養子となったニーナは、バイオチップも内部イヤホンも持たない。テクノロジーなしで、耳だけを頼りに音楽を学んできた。「エチュード」は彼女が楽聖候補生試験に挑む物語だ。
テクノロジーへの依存が究極まで進んだ社会で、テクノロジーなしに育った人間だけが持てるものとは何か。この問いがこの作品の核心だ。
失業して31日が経過したアニタの話「アナログ/ヴァーチャル」も忘れがたい。これは20の物語のなかで最初に書かれたものだという。
母の死でショックを受けて生産性が落ちた彼女は、ヴァーチャル民世界での暮らしを支えていたあらゆるサービスへのアクセスを次々と失う。
食料品の宅配がロックされ、自分の足でスーパーに行くことになるのだが、何をどうやって選んでいいかわからない。自分の意思で選択する能力をテクノロジーに委ねてきた人間の末路として、笑えない現実がそこにある。
こうした物語の随所に、デリー、クリシュナ=ゴダヴァリ、コチ、ミンスク広場、イスコン寺院といった現実のインドの地名や場所が時折差し込まれ、そのたびに、未来から現在に意識が一瞬戻る。そして、頂点都市がそう遠い未来の話ではなく、「30分くらい先の未来」であることを思い知らされるのだ。
考えてみれば、インドとSFは神話の時代からラブラブだったじゃないか!
インドとSFと聞くと、なんだかミスマッチだと思われがちかもしれない。だがインドの神話には、飛行する乗り物(ヴィマーナ)、大量破壊兵器(ブラフマーストラ)、時間の相対性の概念がすでに存在していた。ゼロを発明し、宇宙の時間スケールをカルパ(劫)という43億年単位で語った文明だ。インドとSFには、もともと深い親和性があるのだ。
そしていま、テクノロジーの恩恵と格差と環境破壊が同じ通りに混在するインドの都市から、アルゴリズムが神となった近未来の物語が生まれ、インド人女性として初めてアーサー・C・クラーク賞候補となったことは必然だったかもしれない。
インドとSF、やはり最高のコンビだ。
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写真情報:満開のジャカランダの花。ジャカランダは中南米原産のノウゼンカズラ科の常緑高木で、晩春に美しい紫色の花を咲かせる。
著者紹介
ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン(Lavanya Lakshminarayan)
バンガロール在住のSF作家・ゲームデザイナー。2020年に連作短編集『頂点都市』(原題 “Analog/Virtual”、Hachette India刊)でデビューし、インド国内でタイムズ・オブ・インディア・AutHer賞最優秀デビュー作部門とヴァレー・オブ・ワーズ賞をSF作家として初受賞し、米国でもローカス賞にノミネートされる。その後、英国Solaris社から “The Ten Percent Thief”として刊行され、アーサー・C・クラーク賞の最終候補となった。第2作 “Interstellar MegaChef”(2024)と続編 “Intergalactic Feast”(2026)(どちらも未邦訳)は宇宙を舞台にした料理対決SF小説。