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楊双子作『台湾漫遊鉄道のふたり』英語版が国際ブッカー賞受賞!いま読みたい邦訳作品全ガイド

2026年5月20日、台湾の作家・楊双子ようふたごの小説『台湾漫遊録(邦題:台湾漫遊鉄道のふたり)』の英語版『Taiwan Travelogue』(翻訳:金翎キン リン/Lin King)が、国際ブッカー賞を受賞した。台湾文学として初の快挙であり、授賞式でのスピーチで語った「台湾文学の百年の問いは、台湾人による自由と平等の百年の追求そのものです」という言葉の重みは、文学の力と役割を改めて感じさせた。

楊双子とはどんな作家か

楊双子(Yang Shuang Zi)は1984年生まれ、台湾・台中市育ち。本名は楊若慈ヤン ルオツー。「楊双子」は双子の妹である楊若暉ヤン ルオフイとの共同ペンネームで、日本語の「双子」を使用している。国立中興大学大学院で台湾文学を専攻した若慈が執筆・創作活動を、同大学院で歴史学を専攻した妹の若暉が日本統治時代の史料調査や日本語文献の翻訳を担当していたが、若暉は2015年に病で逝去する。

翌年、若慈は姉妹共同ペンネームを引き継ぐ形で楊双子として小説『撈月之人』(未邦訳)を発表した。さらに2017年には長編小説『花開時節』、2018年には短編小説集『花開少女華麗島』と立て続けに作品を刊行(どちらも未邦訳)。

楊双子の作品の多くは日本統治時代の台湾を舞台とし、台湾の歴史・食文化・女性同士の関係性(友情から恋愛・性愛まで幅広く)を通じてそれぞれが成長していく「楊双子式百合小説」として知られる。また、サブカルチャー・大衆文学の研究者でもあり、台湾における百合文化の歴史と展望を論じた批評記事も発表している。

2020年に『台湾漫遊録』を台湾で刊行し、台湾の優れた出版作品に贈られる「金鼎奨」を受賞。2023年に『台湾漫遊鉄道のふたり』として邦訳が刊行された。同作は第75回全米図書賞(翻訳文学部門)、第10回日本翻訳大賞、2026年国際ブッカー賞など文学賞を各地で受賞。

他の邦訳作品に、原作を手がけた漫画『綺譚花物語』、日本統治時代に建てられた古民家を舞台にした最新作『四維街一号に暮らす五人』、出身地・台中で愛されるグルメを案内する『オールド台中食べ歩き 歴史小説家が案内する老舗屋台の味』がある。


楊双子の4作品を読んでみよう

(楊双子 著 三浦裕子 訳 中央公論新社 刊)

2026年国際ブッカー賞受賞作

昭和13年(1938年)、結婚から逃れようと台湾にやってきた日本人作家・青山千鶴子と、許婚を持つ台湾人通訳・王千鶴が、鉄道で台湾を縦断する講演旅行に出る。ふたりを結びつけるのは、「お腹に妖怪を飼っている」かのような食欲と、それぞれに抱える心の傷だ。道中に登場する台湾各地のグルメが圧倒的な存在感を放ちながら、植民地期の複雑な権力関係と、その中で育まれる女性同士の連帯が丁寧に描かれる。台日共同でドラマ化も進行中。


(楊双子 著 三浦裕子 訳 中央公論新社 刊)

レトロ建築✕レトロレシピ✕女子共同生活

台中市中心部に建つ、昭和13年建造の日式建築「四維街スゥウェイジェ一号」を舞台に、台湾各地から集まった4人の大学院生と家主、5人の女性がシェア生活を送る。みんなで料理を作り、食べ、ときに1912年刊行の台湾料理レシピ本『臺灣料理之栞』を読み解きながら古いレシピを再現。5人が交互に語り手となるリレー形式の構成から、それぞれの内面繊細に照らし出し、台湾の多民族・多文化的な現実が食卓を通じて浮かび上がる。


(楊双子 著 木内貴子 訳 日経ナショナルジオグラフィック刊)

台中自慢の味を「いただきます(開動カイドン)!」

「食べ物の存在感は主人公並み」、そんな楊双子ワールドの実践ガイド的食エッセイ。台中で生まれ育ち、台中愛にあふれる著者が「飲食を読み、歴史を食べる」をテーマに厳選した20軒の老舗屋台は、そこにしかない個性を放ち、一口食べれば、台中の歴史とドラマが見えてくるとっておきの味ばかり。「強盗してでも食べたくなる」もち米おにぎりや、「台湾で最も美味しい」長崎カステラ、「壮大な宇宙への憧れ」を秘めたアイスティーなど、読んでいるだけで、お腹がすいてくる中毒性の高い一冊。


(楊双子 著 星期一回収日 作画 黒木夏兒 訳 サウザンブックス刊)

漫画で味わう楊双子の世界

台湾の漫画賞「金漫奨2021年度漫画奨」を受賞した歴史百合漫画。願いを果たせないまま幽霊として現れた少女、水鹿の角を折ったために身体に異変が起きる少女、家族の呪いを背負った少女、ネットで知り合った二人が虎爺の置物を巡る旅を通じて距離を縮めていく話の4編を収録。台湾の民俗的な異界と現実が交差する世界の中で、日本統治時代と現代という二つの空間、二つの時間を行き来しながら、姉妹とも親友とも恋人とも言い切れない感情の機微が丁寧に描かれる。


国際ブッカー賞とは

国際ブッカー賞(The International Booker Prize)は、英語圏で最も権威ある文学賞のひとつであるブッカー賞(英国、1969年設立)を母体に設立された、英語以外の言語から英訳された優れた小説に毎年贈られる国際的な文学賞。原作者と翻訳者が等しく評価され賞金を折半するのが特徴だ。

受賞スピーチから見た、文学と政治と翻訳者の権利

受賞スピーチで楊双子は、台湾が複数の植民地支配を経験し、侵略の脅威にさらされ続けていることに触れながら、「芸術と文学は政治から遠ざけなければならないと考える人もいますが、文学はそれを育んだ土壌から切り離すことができないと私は考えます」と語り、「台湾文学の百年の問いは、台湾人による自由と平等の百年の追求そのものです。台湾人として生まれたことを幸運に思います」と結んだ。

翻訳者・金翎のスピーチも大きな反響を呼んだ。2022年のロシアによるウクライナ侵攻を機に、当面は台湾の書き手の作品のみを翻訳すると決めたこと、翻訳者の存在を「見えなくする」出版業界の慣行に意図的に抗う翻訳を試みたことを率直に語った。翻訳をオレンジジュースの表記に喩え、「除去すべき果肉(pulp)」ではなく「果汁たっぷりの果肉の粒(juicy bits)」として、誇りをもってパッケージに記すと述べ、翻訳者の権利と可視性をめぐる議論にも一石を投じた。


◎YouTube動画 2026年国際ブッカー賞授賞式
Taiwan Travelogue wins the International Booker Prize 2026 | The Booker Prize

◎受賞スピーチ英語全文(And Other Stories社公式サイトより)

「翻訳者の名前を表紙に」、英国版刊行までの舞台裏

英国版刊行には、ひとつのドラマがあった。米国のグレイウルフ・プレス(Graywolf Press)から出版されたのは2024年だったが、英国版がなかなか実現しなかったのは、金翎が受賞スピーチで言及したように、表紙に翻訳者の名前を載せることに同意する出版社が見つからなかったからだ。

英国版出版に名乗りを挙げたのは、独立系出版社であるアンドアザーストーリーズ(And Other Stories)社。同社は、2021年に米国の翻訳家・作家ジェニファー・クロフトらが立ち上げたキャンペーン「#TranslatorsOnTheCover(翻訳者の名前を表紙に)」の強力な支持者でもあった。

2026年2月24日のロングリスト入り発表後、3月5日に英国版を刊行。その2か月半後の5月19日、見事に国際ブッカー賞を受賞する快挙だった。なお『Taiwan Travelogue』はショートリスト6作品の中で2番目に売れた作品となったという。国際ブッカー賞への応募資格は英国またはアイルランドを拠点とする出版社からの出版が必須条件であり、米国版のみでは対象外だったのだ。翻訳者の権利をめぐる信念が、結果的に受賞への道を切り開いたともいえる。

◎The International Booker Prize 2026(2026年国際ブッカー賞)公式サイト

英語という言語は青山さん、翻訳は千鶴のよう

アンドアザーストーリーズ社の編集者タラ・トブラー氏は、二人の受賞に関するコメントの中で、英語という言語は青山さんのように貪欲で押しつけがましく、翻訳は千鶴のように捉えどころがなく抜け目なく、人を虜にすると語っている。小説の登場人物を、英語と翻訳そのものに重ねた鋭い喩えは、作品を読んだ者には何重にも深く刺さる言葉だ。

なお同社は2025年にカンナダ語作品『Heart Lamp』(Banu Mushtaq 著 Deepa Bhasthi 訳)で国際ブッカー賞を受賞しており、今回の『Taiwan Travelogue』で2年連続受賞という快挙を達成した。英国の地方都市シェフィールドを拠点とする小さな独立系出版社が、翻訳文学への揺るぎない信念で世界の注目を集めている。


楊双子の4作品は、それぞれが台湾の歴史と食と人々への深い愛情から生まれている。文学の力を信じる作家の想いを深く味わってほしい。

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吉井 朱美

ライター、食文化研究家、味わう読書家。 幼い頃から「なんでも食べ、なんでも読む」を信条に育つ。 留学先の豪州・アデレードの学生寮で多彩なスパイスの香りと予期せぬ出会いを経験。それをきっかけに南インドへ渡り、10年以上滞在。 文章を通して、さまざまな境界を越えながら世界を味わい直す旅を続けている。

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