植物と人のあいだに宿る記憶を求めて
新疆ウイグル自治区を舞台に、カザフ族の少年の夏を詩的に描く寓話的作品。中国映画に新たな風をもたらすジン・イー監督長編デビュー作。第75回ベルリン国際映画祭 国際審査員グランプリ受賞。2026年5月15日より全国縦断公開。
映画は暗闇から始まる。真っ黒い画面に男性の声だけが響く。
「はるか昔、まだ馬の尾が短かった時代」に生きた奇妙な男の話が語られる。長寿の泉水を飲んでいたその男は、胸に大木を宿したまま何百年も生きたあと、植物に永遠の命を与えようとしたというのだ。
目を凝らすと、木々のシルエットが厚いフレームのように画面を囲み、中央にかすかに明るい山や丘の景色が現れた。羊の群れと、大きな袋を肩にかけた羊飼いがゆっくり横切っていく様が絵のように美しい。
ぽちゃんと水面に落ちる音とともにタイトルが現れ、映像はゆっくりと回転し、物哀しい不思議な調べに誘われて、別の世界へと入り込む合図を出す。
見えるか見えないか、聞こえるか聞こえないか、そのぎりぎりのところに置かれた、かすかで豊かな世界が静かに広がっていく。
新疆カザフ族の村の夏——アルシン13歳の日常

©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms
舞台は中国最北西部、新疆ウイグル自治区の草原の村。季節は夏。カザフ族の少年アルシンは13歳で、祖母と兄と三人で暮らしている。
植物採集を教えてくれたイェルケン叔父さんは、3年前の冬に「迷子」になったまま戻ってこない。叔父への想いを胸に、アルシンは植物と対話し、標本を美しいスクラップブックにまとめながら、静かに日々を送っているのだ。
漢族の少女メイユーが村にやってきたことで、アルシンの静かな日常は動き始める。寡黙でくすみがかった色の服が多い少年と快活でカラフルな装いの少女、正反対に見える二人は、夏の草原を駆け、あちこちを探検し、腕に植物の根のような線を描いて遊ぶ。
かつて海だったという草原で、二人は大きなパラソルをさして寝転び、そこに波の音が重なるシーンが印象的だった。こんな時間が永遠に続いたら、いいのに——。
クルト、シルチャイ、カザフ刺繍、食と暮らしが語るもの

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白くて丸いボールのような食べ物が、二人の距離をぐんと近づけたシーンが好きだ。カザフ族の保存食、乾燥ヨーグルト「クルト」のようだ。アルシンはバッグからおもむろに取り出し、二人で仲良く半分こする。
一口かじったメイユーは、酸っぱそうな表情になるが、「特別おいしいね」とごきげんなアルシンの言葉に頷くのが微笑ましかった。
クルトはきっと自家製だろう。そんなアルシンの家の食卓はごくごくつつましい。たとえば夕食はミルク、塩、バター、小麦粉、揚げた羊の尾脂を加えた紅茶、シルチャイと思われるものに平たいパンのようなものを浸して食べる程度だ。
逆に、家の中には色があふれている。カザフ族の女性は家族の幸せを願って生活用品に刺繍をすることで知られるが、アルシンや親戚のおばさんの家の壁や床は色鮮やかな布が彩る。
馬乳酒らしきものを飲んで酔っ払った男性たちが道端に寝転がるときも、アルシンとメイユーが草原で日光浴をするときも、そこには美しい模様が広がっていた。
植物の言葉を聞く、話す

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この映画には、対称をなすものが繰り返し現れる。闇と光、太陽と月、海と山。植物と人、もそうかもしれない。アルシンは植物と対話し、人の命を木の葉に重ねることで、その両側を静かに行き来しているようだ。
「耳鳴りとは風に揺れる葉がくすぐり合うように笑い合うこと」なんて言ったり、「どこかの家に子供が生まれると新芽が生え、葉が黄色く変わるのは誰かが困っている合図だ」と考える彼は、植物学者というより植物詩人のようだ。人との関わりを植物の言葉でしか理解できないのではなく、植物の言葉の方が真実味があると知っているのかもしれない。
アルシンだけでなく、カザフ族には植物と深くかかわってきた歴史があるようだ。アルシンの祖母も、ことあるごとに薬草を用いて、孫の健康と幸せを祈っているシーンが登場した。
そんななかで、彼が植物標本にこだわるのは、大切な出会いを記憶しておきたいからなのだ。アルシンはこう言う。「全ての出来事を覚えておこうと何度も自分に言い聞かせた。どんなことも植物の標本みたいに完全な状態で保存できればいいのに」と。
またそれは、長く厳しく孤独な冬に備えるためでもあるのではないかという気もした。なにしろ、アルシンの背丈ほどの雪が降る年だってあるくらいなのだから。
キアロスタミ作品とも重なる、まっすぐな少年のまなざし
少年が主人公の映画といえば、イランのアッバス・キアロスタミ監督の映画『友だちのうちはどこ?』が思い出される。演技経験のない少年を主演に抜擢し、起伏のある丘が広がる風景も本作に重なる。
通常の映画より横が短くて正方形に近い4:3のアスペクト比の世界は、アルシンの内面に観客も同化していくような効果をもたらす。時々ぼやけた風景が挟み込まれ、透明感と浮遊感が織り交ざった音楽に誘われ、彼の住む現実と幻想の間の世界に入っていくような錯覚にとらわれるのだ。
叔父さんを知っているようにふるまう黒い馬が人間の言葉を喋り、夜になると木々が歩き出す、そんな世界に。
新疆という土地で生きていく

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新疆という土地が抱える現実は、この映画の中でほとんど語られない。
けれどカザフスタンまでわずか5kmという国境の近さ、会話にも出てこないアルシンの両親の存在、行方不明になっている複数の親戚、メイユーが店番する雑貨店のラジオから流れる資源開発のニュースなどなど、静かに画面の底に横たわっているように感じられた。
心に残ったのは、かすかな光の中に広がる世界、物言わない描写の雄弁さだ。
暗がりに浮かぶ植物や山の表情、水面に揺れる木の葉の影、スクラップブックに書かれたアラビア文字の美しさ、ボウルから青白い泡状の液体がこぼれてゆっくりと地図を覆っていく様子など、目を凝らし、耳を澄ませていると、おぼろげだった世界が、目を見開いたように広がり、話しかけてくるようだ。
ひと夏の経験はアルシンをどう変えたのか。叔父から伝えられた愛の物語のように、「太陽と月は永遠に会えない」。けれどこの奇妙で美しい物語は、前に進むのではなく、螺旋を描くように回りながらゆっくりと循環する仕掛けになっている。大木を宿したまま数百年生き続けた、奇妙な男が見る一瞬の夢のような——。
イェルケン叔父さんは、やっぱり長寿の泉水を見つけたのかもしれない。
ジン・イー 監督 イェスル・ジャセレフ 主演
◎公式ホームページ
https://www.reallylikefilms.com/botanist
監督のジン・イーは新疆の小さな村の出身で、映画に触れる機会の少ない幼少期を過ごした。高校時代、友人から渡された一本のハードディスクに収められた国内外の作家映画との出会いが転機となり、北京電影学院へ進学。本作が長編デビュー作となった。第75回ベルリン国際映画祭でジェネレーションKplus部門の国際審査員グランプリを受賞した他、各国の映画祭で受賞し、中国映画の新しい感性として注目を集めている。
中国映画は今、第八世代と呼ばれる若い世代の監督たちが台頭している。ジン・イー監督を含む彼らを牽引するビー・ガン監督は、本作に寄せる推薦コメントの中に、若い監督たちの作品における「根源的な主題」を「自己と、自らを育んだ土地との関係」としているのが興味深い。ビー・ガン監督はデビュー作の『凱里ブルース』と『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』で故郷・凱里を描き、本作もジン・イー監督自身の故郷である新疆を舞台にしている。
アルシン役のイェスル・ジャセレフは、新疆ウイグル自治区内にあるカザフ族の自治州イリ・カザフ出身の少年で、本作が映画初出演ながら、北京国際映画祭「フォワード・フューチャー」部門で最優秀男優賞を受賞した。
音楽はキアロスタミ監督の『風が吹くまま』などで知られるイラン出身の作曲家ペイマン・ヤズダニアン。透明感の中に深い感情を呼び込む調べが人々を物語の世界に誘う。近年は『小さき麦の花』など中国作品を手がけることも増えている。

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2026年5月15日より全国縦断公開。
配給: リアリーライクフィルムズ