クンサン・チョデン 著 平山修一/森本規子 監訳 段々社 刊

読み手によって、また読むときどきで、異なる味わいのある作品
本作は犬の物語ではあるが、ブータン人の目を通して描かれた作品のため、ブータンの実情やブータン人の考え方を知ることもできるし、そこに描かれている人間や犬の世界から社会に対する風刺を見いだすこともできる。また、主人公ダワは幼いときに家族の死に直面し、病もわずらったことから、まさしく生老病死を体験しており、人生というものを考えさせられる作品でもある。苦難を乗りこえるダワの姿に励まされる者もいるだろう。
ブータンの野良犬ダワは幼くして家族を失った。そして、失った家族を思うと魅力的な遠吠えをあげることができたので、首都ティンプの犬社会の遠吠えリーダーとなる。だが、次第にその地位が重荷になってきて、疥癬をわずらったこともあり、病を治す奇跡の力があるという洞窟を発見するための旅に出る。
道中でさまざまな犬や人間とふれあい、成長していくダワ。やがて病も癒えて悟りの境地に達すると、ティンプへ帰る決意をする。故郷へもどったダワはまた意外な事実に直面するのだった。
ダワの目を通して描かれた犬社会は人間社会を風刺している?
ダワはやけに人間くさい犬だなと感じた。それもそのはずで、前世は人間の翻訳家だったとのことだ。考えることをしない犬が多い中で、ダワはいろいろなことを考える。そして、ダワの目を通して見えてくる犬社会の描写は、人間社会の風刺のように感じられた。たとえば、ダワはリーダーの地位を得るが、それはとても不安定なもので、その地位にいても満足感が得られることはなかった。そして、犬社会の力関係について、次のように言っている。
遠吠えリーダーだったころ、勝手に手下になってダワのそばを離れようとしない犬たちがいた。そしてダワが彼らに対して望むだろうと思ったことは何であれ飛びついた。中にはダワならこう言うだろう、ダワなら自分たちにこう言ってもらいたがるだろうと思ったことをそのまま発言するようになった者までいた。
(「ダワの巡礼: ブータンのある野良犬の物語」本文より引用)
これは、人間が地位の高い者に対してこびへつらう姿を風刺しているように感じられた。
さらに、血統を重んじる犬がいることから、ダワは自分の血統を勝手に作りあげはしたが、犬の人生とは、犬自身がどう生きるかで決まるもので、伝統や風習、血統の純粋さによって決められるものではないと考えた。これも、家柄や出生についてこだわる者がいる人間社会への風刺のように思えた。
またあるとき、ダワが太った犬になぜそんなに太っているのかと理由をきくと、人間がその犬を雄ではなくしてしまったと知り、ショックを受ける。ダワはなんて恐ろしく残酷なことだろうと思う。人間の身勝手さを非難しているのかもしれない。
作品から見えてくるブータンの様子と宗教観
ブータンでは、このダワのように多くの野良犬が自由に暮らしているようだ。熱心なチベット仏教徒であるブータンの人々は殺生を嫌うからだ。さらに、食事時には犬たちに食べ物をわけてやったりもする。そういう国だからこそ、このように犬が自由に旅する物語が生まれたのだろう。
また、ブータンの国民の多くがチベット仏教を信仰しているので、生まれ変わりを信じている。ダワは人間の生まれ変わりだし、普通は犬の来世は人間になるのだという。仏教国らしく、寺院や人がマニ車を回す場面もよくでてくる。本サイトに先に掲載されているチベットの作品「風船 ペマ・ツェテン作品集」や「路上の陽光」にも、同様のチベット仏教の影響を読みとることができる。
さらに、驚いたことに、ダワにも信仰心が芽生えていることをうかがわせる描写がある。一種の悟りの境地に達しさえしたようだ。
「洞窟の前に座って目の前に広がる大きな空間を眺めていると、ダワは時が経つのを忘れた。祈り方は知らなかったものの、尼僧ペルモ様が自分の病気を良くしてくださるのだ、という信念を失うことはほんの一時たりともなかった。ダワはただただこの聖なる女性を信じた。
(「ダワの巡礼: ブータンのある野良犬の物語」本文より引用)
宗教が人々の心に深く根づいている国だからこその物語であり、ブータンの人々の宗教観がよくわかる。
著者紹介
クンサン・チョデン
1952年ブータンの中央部ブムタン生まれ。インド、米国の大学で心理学と社会学を学ぶ。教職についた後、1985年から国連開発計画など国際機関に長年勤務。ブータンで最初に英語で小説を書いたブータン初の女性作家。2005年最初の長編小説『The Circle of Karma』がニューデリーで出版される。本書のほかに『ブータンの民話と伝説』(白水社)、『メンバ・ツォ -炎たつ湖-』『心の余白 私の居場所はありませんか?』『グルリンポチェがやってくる』(鳥取環境大学浅川研究室)などがある。現在、スイス人の夫と首都ティンプに在住。生家が博物館として公開されており、館長として文化伝統の継承にも尽力している。