レバノンで12歳の少年が両親を告訴した。罪状は「僕を産んだ罪」
貧困、不法移民、児童虐待、児童婚、人身売買、無戸籍など、中東のさまざまな問題を露わにした人間ドラマ。第71回カンヌ国際映画祭(2018年)コンペティション部門審査員賞とエキュメニカル審査員賞受賞作品、第91回アカデミー賞(2019年)外国語映画賞ノミネート、第76回ゴールデングローブ賞(2019年)最優秀外国語映画賞ノミネート
レバノンのスラム街で暮らす12歳の少年ゼインは学校にも行かず生きるために働いていた。ある日、かわいがっていた1歳年下の妹サハルが父親のような年齢の大家アサードに無理やり嫁がされる。絶望したゼインは家を出るが、仕事が見つからない。エチオピアからの移民女性ラヒルに助けられて、彼女の子である赤ん坊のヨナスの世話をすることになる……。
日本の常識が通用しない過酷な環境
オープニングクレジットで映し出される画像が、はじめは何なのかわからなかった。少しずつクローズアップしていくと、ベイルートの町並みなのだとわかる。崩れかけて錆だらけの建物ばかりだ。子供たちがみんなでタバコを吸っている場面にショックを受けた。日本人にはあまりなじみがないレバノンの景色を見ることができる貴重な映画だ。
最初のほうの場面では、にせの処方箋で強い鎮痛剤をもらって、砕いて水に溶かして洗濯物にしみこませ、(それを絞って飲むようにと)売る。薬は高く売れるから。ゼインもヨナスの食べ物を手にいれるために、持っていた処方箋で薬を得て、それを水で割って売った。また、ヨナスを連れ歩くために、スケートボードを奪い取る。スケートボードに鍋をのせて、その鍋にヨナスを入れて移動するのだ。12歳にして、商売上手で頭がまわるし、したたかだと思った。
ラヒルは赤ん坊をショッピングカートに入れ、「故障中」の札を貼ったトイレに閉じこめて働いていた。赤ん坊がいると知られたら、仕事を干されるからだろう。身分証明書は偽造で、もうすぐ期限とされる日が来てしまうことに悩んでいた。
善悪の問題にこだわっている余裕はない。生きるためにはそうするしかないのだ。
日本にも無国籍・無戸籍者の存在や不法滞在者への無情な対応の問題があり、関係のない話とは言えない。
大家族で劣悪な環境で育つ子供たち
ゼインの家には何人いるのかわからないくらい沢山子供がいた。せまい家の中でぎゅうぎゅうにくっつきあって寝ている。生きるために学校へも行かずに働く子供たち。ゼインもたたかれた記憶しかない、ボロ雑巾のような人生だったと言う。
サハルは11歳だったが、ましな暮らしをさせるためには、結婚させるしかなかったとゼインの両親は主張する。女性の立場が低く、幼くして結婚させられ、どんどん子供が増えていく。未熟な体では出産で命を落とすことも少なくない。
教育を受けることもないから、変わることができない。世界各地でいまも続いている児童婚を止め、女性の権利が守られ、教育を受けて貧困から抜けだせる者が増えることを願う。
作り物ではないキャストたち
この作品のキャストのほとんどが、プロの俳優ではなく、難民や元不法移民、ベイルートの貧民街で暮らす人々だ。物語の中で、自分自身の人生を演じている部分も多かったようだ。
ゼイン役のゼイン・アル=ラフィーアはシリア難民で10歳の時から多くの仕事をして家計を助けた。ラヒル役のヨルダノス・シフェラウはレバノンで違法に働き続けた。サハル役のシドラ・イザームは家族を助けるためにチューイングガムを売っていた。ゼインの母親役カウサル・アル=ハッダードもゼインの父親役ファーディー・カーメル・ユーセフも貧しく大変な暮らしをしている。
ナディーン・ラバキー監督(1974年2月18日生、レバノン出身)は、作り物にしてはいけない、彼らと一緒にこの作品を作り、自分たちの経験を通して、どんなことを口にするのか、どんなことを感じるのかを彼ら自身に表現して欲しかったのだと言う。
確かに、登場人物全員に力強さやリアリティがある。ゼインの憂いのある瞳と卓越した演技は心をゆさぶる。ヨナスとのかかわり方もいたって自然だ。また、赤ん坊のヨナスがあれほど自然に自分の役を演じているのは奇跡的だ。また、サハルはあまりにも美しい。
一応脚本があるフィクションではあるが、それぞれの役者に心からの想いを表現させている本作はノンフィクションのドキュメンタリー映画のように感じられる。
最後の場面で、ようやくゼインが笑顔を見せる。未来が開ける兆しをみせている。行動を起こすことで変えられることもあるかもしれないと伝えているのだろう。自分の国を少しでもよくしたいという製作者の願いを感じる。
ナディーン・ラバキー監督による作品は他に『キャラメル』(2007)、『私たちはどこに行くの?』(2011)などがある。
児童虐待等の問題に興味があるなら『幼い依頼人』(韓国)、『チャイルド・ブライド -売られる子供たち-』(米国)、『誰も知らない』(日本)などもお勧めだ。
ナディーン・ラバキー 監督 ゼイン・アル・ラフィーア 主演
公式サイト:http://sonzai-movie.jp/
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