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書籍レビュー「台湾文学ブックカフェ1 女性作家集 蝶のしるし」

江鵝、章緣、ラムル・パカウヤン、陳雪 他 著 白水紀子 訳 呉佩珍 、白水紀子、山口守 編 作品社刊

女性とは

8人の台湾女性作家の短篇を収録した作品集。それぞれ別々のストーリーだが、この一冊を読み終えると、全作品に繋がりがあるように感じられ、最初の作品から最後の作品まで、主人公同士の人生が重なりあっているように思えてくる。女性とは何か、アイデンティティをかたち作るものは何かを、考えずにはいられない。

全8作のどの作品も個性的でおもしろいのだが、ここでは、その中の3作を選び、掲載順に紹介したい。

コロナの時代の恋愛

「コーンスープ」 江鵝 著

新型コロナウイルスが蔓延する台湾の、恋人達のプライベートな空間。そこで、何気ないある一つの質問と、それに対する答えが恋人達の間で交わされる。あの頃なら、世界中、どこででも聞かれた質問だっただろう。でも、恋人達の間では、その後の運命を決定付ける致命的な会話となってしまった。そんな決定的瞬間は、あの恋人達には、遅かれ早かれ、いずれ訪れるものだったのかもしれない。ただ、あの時代は、人と人を遠ざける一方、親密にもさせる、特別な時代だったともいえる。そして、誰もが生きることに貪欲にならざるをえず、作中では、生きるという本能は自己中心的で、愛とは対極に位置しているように読みとれてしまう。

このストーリーで、質問をしたのは彼女で、答えたのは彼だが、この作品が女性作家の作品集に収録されている観点から、それがもし逆だったら、どうだっただろうかと想像してみるのも面白い。

せめぎ合う現実と想像

「モニークの日記」 平路 著

非常に難解の一言。冒頭の一行目の「尋問」という言葉で、主人公は尋問をうけているらしいことは分かるのだが、第三者の語り口で、主人公のことを記述していると思うと、急に主人公の頭の中の思考が独白のように表現され、誰に対して語っているのだろうと混乱させられてしまう。それでも読み続けていると、どうやら過去から現在に向かって、物語が語られているように思えてくるが、それも定かではない。最後まで読み切っても、読者の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだろう。だからと言って、「わからなかった」と簡単に済ませられるような作品ではないことは確かだ。

この作品特有の難解さを楽しんでいただくために、あえて、物語の解説はここでは書かないでおこうと思う。あわせて、本作がこの作品集に収録されている理由も、考えてみると、より深い作品理解につながるだろう。

(た)がために自分は存在するのか

「蝶のしるし」 陳雪 著

本作品集の表題となっている作品。作品冒頭、一人称で語る主人公の説明で、主人公は阿葉(アーイエ)という女性を看病していることがわかる。和訳の文章表現から、主人公は女性であると理解できるのだが、少し読み進むと、阿葉と主人公の関係がすぐに明らかになる。二人は恋人同士であり、さらに、主人公は「結婚して子供がいる女、しかも高校の教師」なのであった。

まず、最初に主人公と阿葉の現在の関係を明示し、それから、主人公がこれまでの人生を振りかえっていくという展開で、読者が物語を読み進むにあたり、その読み方を迷うことはない。傍から見れば、何不自由のない幸せな生活を送っているように見える主人公の人生なのだが、そんな幸せを演じるためにいかに多くの犠牲が払われてきたのかが、徐々に明るみになっていく。一人の人間にとっての真の幸せとは何か。この問いは、読み手のジェンダーに関係なく、誰でも読み取ることができるだろう。作中、主人公の母親も登場するが、男性と女性の区別をもとに築かれた世界の限界を象徴しているように思える。


著者紹介(掲載順に)

江鵝(こう・が)『コーンスープ』

1975年生まれ。2014年、『ハイヒールとキノコ頭』(エッセイ集)を初刊行。2016年のエッセイ集『俗女養成記』はテレビドラマ化され(邦題『おんなの幸せマニュアル~俗女養成記~』)、2020年の台湾のドラマ大賞、金鐘獎で3部門入賞。

章緣(しょう・えん)『別の生活』

1963年生まれ。1995年「更衣室の女」で、第九回聯合文學小説新人賞部門の短篇小説一等賞を受賞。米国に在住歴があり、2004年より、中国に在住。現在の居住地は上海。

ラムル・パカウヤン(Lamulu Pakawyan)『私のvuvu』

1986年生まれ。台湾原住民族のプユマ族。プユマ族は、台湾東部の台東に暮らす部族のうちの一族。2013年に「私のvuvu」で第四回台湾原住民族文学賞小説二等賞を受賞した。

盧慧心(ろ・けいしん)『静まれ、肥満』

1979年生まれ。2004年、「静まれ、肥満」で全国台湾文学営創作賞小説一等賞を受賞。2015年、初の短篇集『静まれ、肥満』を刊行。現在は脚本家。

平路(へい・ろ)『モニークの日記』

1953年生まれ。台湾の高雄出身。台湾大学で心理学を学んだ。1983年、「トウモロコシ畑での死」で聯合報短篇小説一等賞を受賞。『天の涯までも-小説・孫文と宋慶齢』(風涛社、2003)池上貞子訳の著者。

柯裕棻(か・ゆうふん)『冷蔵庫』

1968年生まれ。台湾文学ブックカフェ全3巻シリーズの編集顧問の一人。台湾の政治大学で准教授として活躍中。1997年、短篇小説「ある作家の死」で第二十回時報文学賞受賞。

張亦絢(ちょう・えきけん)『色魔の娘』

1973年生まれ。パリ第三大学で映画・視聴覚学の修士号を取得。本作「色魔の娘」は1996年に第十回聯合文学小説新人賞を受賞。長編小説に『性意識史』(2019)などがある。

陳雪(ちん・せつ)『蝶のしるし』

1970年生まれ。台湾の代表的なクイア作家。レズビアンなど、セクシュアル・マイノリティをテーマに作品を書いている。台湾では2019年5月24日、同性婚法案が可決され、著者は、同年、同性パートナーと結婚登記した。

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目崎ゆき

法政大学文学部英文学科卒業、ロンドン大学SOAS(東洋アフリカ研究学院)文化人類学修士課程修了。ヨーロッパ(イギリス、フランス、ドイツ)、アジア(シンガポール、台湾)に在住歴あり。興味の分野は、文化の差異と類似性、ジェンダー、ダイバーシティ、アート、写真、語学学習。自身の探求テーマは人間とは何か。株式会社Aプラスにて、主にホビー雑誌の翻訳に携わった。

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