「アジア文芸ライブラリー」ラインナップのご紹介
アジアの文芸作品を紹介する春秋社の「アジア文芸ライブラリー」が2025年4月に一周年を迎えました。本稿ではこれまでのラインナップをその魅力と共に振り返り、今後の刊行予定もお伝えします。
既刊

「花と夢」
ツェリン・ヤンキー 著 星泉 訳
チベットの首都ラサを舞台に、友情で結ばれた4人のうら若い女性たちが運命に翻弄されながらも懸命に生きる姿を描いたシスターフッドの物語。チベット女性がチベット語で初めて著した長編小説。
「運命」を諦めない強さ
自分の力だけではどうにもならないことって、生きているとあると思う。そんな時に、どのような態度で生きていけばいいのか。この物語の4人の主人公たちは、けして人のせいにせず、自分でできることを精一杯にやってサバイブしようとします。そのさまをぜひ読んでほしい。輪廻転生やチベットの人々の祈りや信仰など、普段日本で生活していると感じられないような空気感が味わえるのも素敵。
混沌と呪いにいろどられた人間ドラマ
ある一族の遍歴を軸に、オランダ植民地時代から日本統治時代、そして戦後と、インドネシアの混沌の歴史が描かれている。主人公のデヴィ・アユをはじめ、強烈な個性を持った登場人物たちが織りなす物語は、あたかも複雑に絡み合う美しいバティックの模様のように鮮明に心に刻まれる。そこには魔術や霊の存在もあるが、それにも増して奇々怪々なのは、運命の皮肉と人々の心の機微。

「わたしたちが起こした嵐」
ヴァネッサ・チャン 著 品川 亮 訳
舞台は1930年代のイギリス植民地時代と1940年代の日本占領下のマレーシア(旧マラヤ)。戦争下で数々の困難に直面するユーラシア系の主婦セシリーとその子どもたち。セシリーは日本軍のスパイ、フジワラに惹かれスパイ活動に参加し、子どもたちも過酷な労働や虐待など悲惨な目に遭う。そこで彼らが見た希望の光とは?
女性の視点から語られる戦争体験
本作のテーマのひとつとして、女性の視点から語られる戦争体験がある。戦争時に従軍しない女性は、男性よりも「距離をとった間接的な」視点で戦争を見ている。主人公は悲惨な戦争下でも家族の絆を再認識し、必死で家庭を守ろうとする。皆でまた笑い合いながら平和な日常を送れるようになることを夢見て。その懸命な姿は、いまだ戦争や紛争が絶えない今の世界に警鐘を鳴らしているかのようだ。
「高雄港の娘」
陳 柔縉 著 田中 美帆 訳
日本統治時代に台湾南部の港町・高雄で生まれた孫愛雪が主人公。戦後の政治的弾圧で父と夫は祖国台湾を去り日本へ渡り、それに続く形で日本行きを決める。幼いころから叩きこまれた「良妻賢母」の教えを全うすべく、家事と仕事を両立させ、夫を献身的に支えるが、晩年、孫愛雪が知った真実とは?
実話をもとにした台湾の歴史小説
私たちは日本から比較的身近な距離にある台湾の歴史をどれほど知っているだろうか。本作は在日台湾婦女会の初代会長、郭孫雪娥の人生をモデルとしたフィクションである。主人公の人生を通じて自然と台湾の歴史や時代背景が浮かび上がってくる。今の日本には、50年にもわたって日本が台湾を統治していたことさえ知らない世代も増えてきているが、そんな世代にこそお勧めしたい、読みやすい文体で台湾の歴史の深みを知ることができる一冊。

「南光」
朱和之 著 中村加代子 訳
日本統治時代の台湾に生まれた実在の写真家・鄧南光(1907-1971)の人生を中心にした長編歴史フィクション。2020年、台湾の芸術家を主人公とする長編小説に贈られる羅曼・羅蘭(ロマン・ロラン)百萬小説賞を受賞。
台湾とカメラの歴史が交差する
著者・朱和之は「歴史的な主題から台湾の多様性を描いて社会問題を探求することを得意とする」作家で、日本と深い関わりのある台湾の歴史や、当時の日本の状況を知ることができるだけでなく、台湾客家コミュニティの伝統や風習の描写も興味深い。また南光の愛したカメラ「ライカ」の歴史にもリンクするので、クラシックカメラ愛好家も必読の一冊。南光が実際に撮影した写真12点も巻末に掲載されている。第十一回日本翻訳大賞の最終選考対象作品。
今後のラインナップ
(2025年4月時点の情報。春秋社より提供)
「至上の幸福をつかさどる家」
アルンダティ・ロイ 著 パロミタ朋美 訳 2025年5月刊行予定
社会活動家として世界的に注目を集めるアルンダティ・ロイによる20年ぶりの小説。カシミールの紛争を中心に、現代インドの事件を寓話的にちりばめながら傷を抱えた人たちの姿をポエティックに描く作品。
「彷徨(仮)」
インタン・パラマディタ 著 太田りべか 訳 2025年秋刊行予定
インドネシアのフェミニズムの旗手による代表作。悪魔の恋人から赤い靴を受け取った「あなた」が主人公となり、世界を旅する小説。各章末に設けられた選択肢を選ぶことで、あなたが物語を選ぶことができる。
「虚空の四つの宝(仮)」
ジェニー・ティンフイ・チャン 著 山岡万里子 訳 2025年秋刊行予定
19世紀末、中国・煙台の港町で誘拐された少女ダイユーの悲痛な運命を描く、新世代の中国系アメリカ人作家による歴史小説。書道を通して成長する少女の姿と、人身売買や黄禍論といった歴史的な事象を扱った作品。
「風のいたずら(仮)」
朱和之 著 前野清太郎 訳 2025年末刊行予定
作曲家・江文也をモデルにした伝記小説。日本統治時代の台湾で生まれ、東京で作曲家になることを選んだ主人公は台湾出身であることから正当な評価を得られず、大陸に渡って民族音楽などの要素を採り入れて活躍した人物。
「アジア文芸ライブラリー」担当編集者、荒木駿さんへの特別インタビュー記事は、こちらでお読みいただけます。