書籍

書籍レビュー「ガラム・マサラ!」

ラーフル・ライナ 著 武藤陽生 訳 文芸春秋 刊

ゆっくりチャイでも飲みながら、ぶっ飛ぶ話を聞こうじゃないか。

カレー色の背景にターバンを被った男の顔がドーンと、いかにもなインドテイストの表紙。そして帯には、「『バーフバリ』『RRR』の次はこれだ!HBOが映像化検討中!」とあったり、書評家の杉江松恋氏が、巨匠カート・ヴォネガット (爆笑問題の太田光氏が心酔していることで有名)の作風と比べていたりする。いったいどんな作品なのか?

ただ、本人は、「ちっこいの(=小指)」を懐かしみながら、この物語は「涙もなし。感動ビジネスもなし、いいね? 徹頭徹尾インド粥(キチュリ)だ。」と、どこか冷めた目線。

超高速でぶっちぎるインドの富とカオス

とにかく、ぶっちぎりで、息つぎを忘れた全力疾走のようなペースの文章。しかも、風刺もトンチもスパイスも効いた超激辛毒舌のオンパレードだ。全国トップになれるような頭脳の持ち主だから?と思ったら、

『ガラム・マサラ!』本文より引用)

ああ、なるほど(笑)

そして、「これは貧しさについての物語じゃない。富についての物語だ。」と彼は強調する。実際、ここに描かれるのは経済成長が加速し、なんでも手に入るインドだ。一方で、貧困や差別、偏見、汚職、宗教紛争、社会格差はそのままで、ある意味以前よりカオス度は増している。

ラメッシュはチャイ屋の息子として育った。彼の境遇は、金持ちの息子であるルディより、ディーパ・アーナパーラの『ブート・バザールの少年探偵』 に登場する、スラム地区に住む子どもたちに近い。

ラメッシュはどうやって金持ち専門の受験請負人に?

自分で自分のために試験を受けて、いい成績をとって、遊んで暮らせばよかったのでは?

なぜ「指なし」の展開に?

ルディとの関係はどうなっていくのか?

まあまあ、チャイでも飲みながら、ゆっくり(ラメッシュは超早口だけど)話を聞こうじゃないか。

激動の歴史がリアルな家族史に

全編に散りばめられるインド関連用語は、インドに縁がある人々をニヤリとさせっぱなしさだろう。ただ、国民識別番号Aadhaarは「アドハー」より「アーダール」がしっくりくる。

原題は“How to Kidnap the Rich (金持ちを誘拐する方法)。

著者については、奥付のプロフィール以外の文章としての情報は少ない。が、YouTubeのインタビュー動画によると、ライナ家は、インド最北部に位置するジャンムー・カシミール連邦直轄領のヒンドゥー教少数派コミュニティ「カシミーリ・パンディット」に属するという。1990年代にカシミール紛争が勃発後、家族はデリーに文字通り「夜逃げ」せざるを得なかった。そんな過去を、ことあるごとに冗談めかして話題にする家族に囲まれて彼は育った。

そういえば、こんな一文があった。


『ガラム・マサラ!』本文より引用)

この作品は著者自身のことを書いたものではない。しかし、カシミール人の血を感じさせる何かはあちこちに隠されているかもしれない。

スパイシーで中毒性のある爽快感を召し上がれ

キチュリなみにぐちゃぐちゃで、添えられたアチャール(ピクルス)は火を吹くようにスパイシー、そのキレ味は明らかにスピード違反で暴走気味だけど、中毒性のある爽快感が摩訶不思議な作品だ。インド好きな人にも、そうでない人にもぜひ味わっていただきたい。

今度、ラメッシュのレシピでチャイを作ってみよう。もちろん、全てのスパイスを「原子レベル」に粉砕するのを忘れずに。


著者紹介

ラフール・ライナ(Rahul Raina)

インドの首都デリー生まれ。幼い頃に家族と英国に移るも、常にインドと行ったり来たりの生活を続ける。オックスフォードでコンサルタント業の傍ら、デリーでチャリティー事業を行い、貧しい子どもたちに英語を教える。40度を超える灼熱のニューデリーで『ガラム・マサラ!』を書き、28歳で作家デビュー。

 

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よしい あけみ

ライター、食文化研究家。日本で情報誌の編集を経て、豪州に留学。寮で大勢のインド人学生と暮らしたのがきっかけでインドに開眼。その後南インドで10年以上暮らす。物心ついたときから、なんでも食べて、なんでも読むことが信条。

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